夫が作った麦でつくるパン屋さん 突然夫を失ったけれど、今日も笑顔でパンを
フラワーアーティストの東信さんが、読者のみなさまと大切な誰かの「物語」を花束で表現する連載です。あなたの「物語」も、世界でひとつだけの花束にしませんか? エピソードのご応募はこちら。
〈依頼人プロフィール〉
黒川博美さん 54歳
パン屋 農家
大分県在住
◇
もうすぐ夫が亡くなって一年になります。
20歳で同じ職場で出会い、10歳年上の“あなた”と恋に落ちました。私の母には反対されたけれど4年後に結婚、両親と同居も始まりました。私は病院の栄養士として働きながら農家を手伝い、3人の子供にも恵まれて忙しく過ごしました。
この間には実母が若年期の認知症になったのを初め、まもなく義母も認知症になり、義父も病気で亡くなるなど、介護の日々を送りました。しばらくして実母を看取り、続いて義母を看取ったあと、3番目の子供が高校を卒業。これまで頑張ってきた自分へのご褒美だと思い、思い切ってパン屋さんを始めることにしたのです。
農家の夫が麦を作り、私がパンを焼く。そんな手作りのパン屋さんです。私は高校生のときからパン作りが趣味。地元のバザーで自作のパンを売ったこともあり、そのときの「黒川さんちのパン」という店名をそのままお店の名前にしました。
夫がある夜突然倒れ、大動脈解離で亡くなってしまったのは、そんな店が開店5年目を迎え、おかげさまでお客様も増えてきたときのことでした。
お酒とタバコが好きな夫ではありましたが、それまで大きな健康問題はなく、あまりに突然のことでした。私は気持ちをどこに持っていったらいいのかわからず、毎日仏壇とお墓にお花を手向ける事でしか、自分の気持ちを落ち着かせることができませんでした。
とはいえ、夫という主を失った畑や田をそのままにしておくわけにはいきません。私の手で畑や田を片づけました。「いつかきっと春がくる」と自分に言い聞かせながら、ここで汗を流していた夫のことを思い出し、泣きながら畑を耕したことも1度や2度ではありません。
そうして片づけを終えたのは、夫が亡くなって半年ほど経ったころ。片づけられた畑や田を見回すと、いつの間にかすっかり景色が変わっていて、私の気持ちも切り替わったことを覚えています。一時、その未来がまったく見えなくなっていたパン屋も、子供たちやお客さんに助けられながら、今は以前と同じように営業できるようになりました。
口下手でおべっかなど言わない。でも農機具の運転だけは抜群にうまい、田舎の典型的なおじさんだったけれど、夫が大好きでした。畑や田を片づけているときもたくさんの人に「ご主人にはいつも助けられていた」と言ってもらえたよ。亡くなってから、ますますあなたが好きになりました。
だから私はちょっとだけ自慢してます。あまり悲しんで泣いてばかりいると、あなたは心配するでしょうね。だから私は、今日も笑顔でパンを焼きます! そんなメッセージとともに、天国の夫に、お花を作っていただければと思います。
花束をつくった東さんのコメント
コムギを中心にあたたかみのあるパン屋さんのイメージのアレンジメントです。
旦那さまが1年前に亡くなられ、パン屋さんを一人で切り盛りなさっている投稿者さま。さまざまなことを乗り越えられた投稿者さまにあたたかい気持ちになってもらえればと、小麦とパンをイメージしたブラウン系の花材でまとめました。
渦巻きパンのようなものは、シープホーンと呼ばれる花材で、バナナのような花が咲いたあとです。くすみカラーのバラやカーネーション、バーゼリアなどは、このままドライフラワーとしても楽しんでもらえるはず。お店を手伝ってくれるご家族やお客さんにも、温かい気持ちのおすそ分けをしていただければ。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。選んだ物語を元に東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
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