インド東部の大祭を東海圏で再現 出身者の思いと純ベジタリアン料理
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インド、ネパール、バングラデシュ……、日本で出会うことが多いインド亜大陸出身の人たち。日本では普段、どんな食事をし、どんな暮らしをしているのでしょうか。インド食器・調理器具の輸入販売業を営む小林真樹さんが身近にある知られざる世界の食文化を紹介します。
三神が山車巡行する「ラタ・ヤトラ」 日印の有志が準備
ラタ・ヤトラはインド東部、オディシャ州を代表するヒンドゥー教の大祭である。
普段は寺院内陣の奥まった聖域にまします神様が、1年に一度人間界に降臨する、その霊験あらたかなお姿を一目見ようと、州内外から大勢の巡礼者や観光客が集まってくる。
毎年、ヒンドゥー暦アシャダ月(西暦の6月から7月)という雨期のただ中に行われるこの祭りでは、オディシャ全域で最もあつく信仰されているジャガンナート、バラバドラー、スバドラーという三神が、年に一度寺院を出て聖なるラタ(山車〈だし〉)に乗り、街なかをヤトラ(巡行)する。
古(いにしえ)の時代には、ラタの巨大な車輪の下敷きとなって轢死(れきし)すれば輪廻(りんね)からの解脱が得られると信じられ、身投げする信奉者が絶えなかったという。
そんな伝説を持つ大祭として全インドにその名がとどろく、オディシャ州最大のイベントである。
このラタ・ヤトラが、日本国内でも行われている。首都圏在住のオディシャ州出身者を中心に、関東エリアでは約10年も前から続けられているのだ。

毎年夏になると、インドで製造されたジャガンナート、バラバドラー、スバドラーの三神像を載せたラタが公道を数キロに渡ってヤトラする。集まったインド人たちもラタを取り囲みながら後を追い、神の名を唱和しながらにぎやかなパレードのように進行する。約10年も続き、関東在住インド人たちの間にもすっかり定着したかに見える日本のラタ・ヤトラは、すでに一部の人たちにとって夏の風物詩の趣がある。
一方、今回私が参加したのは首都圏ほどインド人人口の多くない東海圏、それも今回がまだ2回目という初々しいラタ・ヤトラである。この東海圏におけるラタ・ヤトラが一体誰によって、どんな動機ではじめられ、どんな人々が集まってくるのか。そしてさらにどんな料理がふるまわれるのか。インド人人口の多くない地域で行われるインドの伝統行事とは、一体どんな風に行われるのだろうか。
「よければ春日井まで見に来ますか? 案内しますよ」
そう私を誘ってくれたのは、名古屋市昭和区でPatsu Curry(パツカリー)を経営する林哲正(てつまさ)さんである。「東インド オディシャ食堂」をうたうPatsu Curryは、全国的にも珍しいオディシャ料理の専門店である。
林さん自身、何度も現地に通って習得した、オリジナルに忠実な料理を提供している。訪れるオディシャ出身者たちが一様に太鼓判を捺(お)すその味には、熱心なファンも多い。

勉強熱心な林さんは単にレシピを集めるだけでなく、国内外のオディシャ出身者たちとの交流を通じて、食を含めたさまざまな文化情報のアップデートを心がけている。その中の1人が、愛知県春日井市在住で今回の祭りの主催者・モハンティさんご夫妻である。
「東京ではなく、東海圏でラタ・ヤトラを」というモハンティさんの情熱に押される形で、林さんも神様への供物や来場者への食事を担当することとなった。毎週のように春日井市のモハンティさん宅に集まり、日印のさまざまな関係者たちとする打ち合わせは大変だったが、それでもそこで得られるものは小さくなかったと林さんは言う。
今年の東海圏のラタ・ヤトラの会場となったのは、春日井市神領町にある「ひなご幼稚園」。実は前年、はじめての開催場所は立派な建物の市民会館だった。ただ祭りにはつきものの鳴りものや神へのかけ声、あるいは儀式で用いられるお香の煙などの使用が限定されるため、今回からはもう少し自由度の高い場所として休日の幼稚園が選ばれたのである。
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休日で園児たちのいない幼稚園に入っていくのはそれだけで非日常的な感覚だ。
今回、林さんの取りはからいで単なる祭りの見物人としてではなく、インド食器の物販出店者として参加させてもらうことになった私は、自らの車に積んできた商品を荷下ろしして設営をはじめた。なぜか一番遠い東京から参加する私が一番早く会場入りした格好だが、準備をしているうちに三々五々、参加者らしきインド人や日本人が集まってきた。

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