キャンティで絶品の肉料理を 田舎町の名店ソロチッチャ

イタリアはなんといっても愛の国! 一皿の料理にかける愛も情熱も並々ならないものです。食べてみると、美味しさの奥深くにどこか知らない隠し味がある。イタリアで暮らす俳優・渡辺早織さんがそんなイタリアの愛に溢れた料理と、とっておきの味の秘密にせまるイタリア料理紀行です。
トスカーナのある小さな田舎町に、連日世界中から人が集まる店があるという。
「老舗の肉屋が開いたレストランなんだけど、肉の扱いが素晴らしくてどの料理も絶品なんだよ。僕は遠くてすぐには行けないけど、ぜひ行ってみて!」
そんな耳より情報を教えてくれたのは、ミラノの星付きレストランで鋭意修行中の日本人の友達だ。
そんなことを言われたら気になって仕方がないので、すぐさま予約の連絡をしてみたが、あっさり満席だと断られてしまった。
簡単にはいかないか、と諦めていたところに、ピロンとスマートフォンがなる。
差出人はそのレストランで、メールにはこう書かれていた。
「その次の日ならキャンセルが出たので入れますが、どうしますか?」
目をまるくして、二つ返事で「喜んで!」と答えて、飛び上がる気持ちでトスカーナ州のキャンティ地方まで向かった。

「聞いたことない場所だなぁ」
イタリア人である旦那も初耳だという表情で地図を眺めながら、今日の目的地パンツァーノ・イン・キャンティという小さな集落を目指す。
さすがワインの一大産地キャンティ、なだらかな丘陵地にきれいに整列したぶどう畑が見渡すかぎりに広がっている。美しくつづく田園風景を眺めながら、しかし内心この道であっているのかと少し不安になるほどの静かな山道をうねうねと進んだ。
山から出たらパッと道が開けて小さな小さなその田舎町があらわれた。
「予約時間より30分早くきてください」という指定の通り早めに到着すると、一つの店の前に何やらぞろぞろと人が路上に集まっていた。
この店に違いない。すぐにわかった。

店の名はソロチッチャ(solociccia)。
solo cicciaとはイタリア語で「肉だけ」を意味する言葉で、さすが精肉店!といえる潔さに好感がもてる。
集まっている人々の手をよく見ると、ワイングラスやブルスケッタの軽食を持っているではないか。
そう、30分前に来た理由は、なんと道のど真ん中でアペリティーボをするためなのだ。
お客さんも通りすがりの住民も、あなたがどこの誰かの確認なんか一切せずに、さぁみんな飲んでとキャンティ・ワインをふるまってくれるから、私たちもそんな気前の良さに嬉(うれ)しくなって、ついつい知らない人との会話も弾んでしまう。
ほどなくして店の店主であり、この街一番の有名人ダリオ・チェッキーニがあらわれた。
豪快にラッパを吹いてお店の開店時間を告げる。
そのなんとも愉快な動画がこちらだ。
気が付けばお祭りに参加したような一体感が生まれ、そしてみんなぞろぞろと店内へ通された。
さぁ、ここからが本番だ!
通された席に座ると、テーブルの配置が普通の店と違うことに気が付く。

長い大テーブルにみんなで座る相席方式なのだ。
すぐとなりの横には全く知らない人が座って、「Ciao!(チャオ)」とあいさつせずにはいられない距離感だ。
隣人同士であいさつを交わしたら、まるで大きな一つのグループの完成だ。
これこそがダリオの一番のこだわりで、「食卓はみんなで囲むもの」ということがまさに体現されている。
テーブルにはどかんとキャンティのワインボトル、そしてスティック野菜などが置かれ、自由に食べ放題だ。ポリポリと野菜をつまみながらワインを飲んでいると料理が運ばれてきた。

全部お肉なんて食べ切れるかなぁ。車の中での生意気な発言を取り消したい。
運ばれてくる料理はどれもシンプルで綺麗(きれい)なごまかしのない透き通った味をしているのだ。お肉料理に透き通るという表現を使うのは初めてだけれど、まさにふさわしい。
素材と、いやむしろ今嚙みしめているその細かな「部位」にまでじっくり向き合って食べているような感覚だ。本当に、どれもびっくりするほどにおいしい。

だからこそ会話もはずむ。
向かいに座っていた人たちは「実は2カ月前に結婚したんだ」と幸せいっぱいの笑顔で肉をほおばり、私たちもつられて笑顔になって一緒にグラスをかたむけ祝杯をあげた。
さらに隣のカップルはパートナーをアメリカから連れてきたようだ。
私にも「日本人だよね? 僕はマグロを釣ったことがあるよ!」など、遠くの席から写真を見せて声をかけてくれる人がいたりと話はつきない。
窓を見ると、夕陽がきれいに輝いていた。

日本にいる時は、1人で食事をすることが当たり前で、誰かが近くにいることに少しむずむずすることもあった。
だけど、ここでは違う。
美味(おい)しさの秘密は、明るい食卓にあり。
何の疑いもなくこう言えるイタリアでの食事は本当においしい!
次は何に出会えるかな。

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トスカーナのチーズ工場
当たり前の様に、次から次へと様々なチーズ、生ハム(足なりで爪が付いてた…)がキャンティと共に供され、どんどん食べろっ…
見学客は皆上機嫌でワイワイ
イタリアの人の眼差しは深く、あたたかい…(飼い犬の眼差しまで思慮深げだった)
美味しそうだし、楽しそう!簡単に赤ワインのボトルを空にしそう!
もうかれこれ15年ほど前になりますが、何年か続けて行ってきました。
当時からダリオは超有名人、日本から修行に来る熱心な若者もたくさんいたため親日家?の一面も。
そのなかのおひとり、竹内悠介シェフのVENTINOVEが群馬県川場村にあります。
(古くは西荻窪のトラットリア29、といえばご記憶のかたも多いのでは。彼の歩みについてはVENTINOVEのサイトをご参照ください。)
ダリオもかわいがっていらした竹内シェフがしっかりと日本でもダリオイズムを継承しているはずですので、この記事が気になったかたはぜひチェックしてみてください。