夜明け前、激しい揺れに目を覚ました。
マンションのベランダに飛び出して見下ろすと、あかり一つない街は暗闇に沈んでいた。
丘の上にある勤め先の病院を見上げた。
窓から照明が漏れ、灯台のように見えた。26歳の阿部さつきさんは、一人でいる心細さに耐えかね坂を駆け上がった。
病院の寮が崩れ、私服姿の同僚たちが学生を助け出そうと走り回っている。
待合室では何人もが床に横たわり、廊下でうずくまる患者もいる。どこかから悲鳴が聞こえてきた。
午前9時、燃料を使い果たした自家発電機が止まった。担当する産婦人科の病棟では、赤ちゃんの心音を聞く機械が使えなくなった。ナースコールが鳴らず、妊婦がいる部屋を一つひとつ見て回った。
日が傾き、廊下の隅が暗くなりはじめていたころ、2人の妊婦が産気づいた。
「あかりがつかへんかったら、どうするんや」。焦りが募った。
病院内が闇に包まれる直前だっただろうか。蛍光灯が一斉についた。
「ついた!」。顔を白く照らされた人びとから、歓声が上がった。
待っていたかのように、分娩(ぶんべん)室代わりの小部屋で妊婦が子どもを産んだ。2900グラムほどの女の子。阿部さんが抱き上げると、口を震わせて大きな産声を上げた。廊下で拍手が響いた。「よかった」「生まれたんやねえ」と声が聞こえた。
次に回った部屋。ベッドに横たわる妊婦の傍らで、夫が幼稚園児くらいの女の子を抱いて立っていた。
病院から産声が上がったあの日は、多くの人の命が失われた日でもありました。
女の子の顔をのぞき込むと…
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