第2回念願のパリへたったひとり シングルマザー島田順子はきょうを生きる

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聞き手 編集委員・高橋牧子
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単身パリへ、気づけば滞在1年

 《杉野学園ドレスメーカー女学院を1963年に卒業後、東京都内の生地問屋に勤めたが、パリへの憧れは募るばかりだった》

 ファッションデザイナー・島田順子さんが半生を振り返る連載「自然にかっこよく、今を生きるファッション」。全4回の2回目です。

 仕事は頑張っていたけれど、何か満たされない。そんな時、知人の女性からモスクワ経由でパリ行きの旅に誘われた。もうどうしても行きたくなって、2週間でパスポートをこしらえた。でも、直前にその知人の都合が悪くなって、結局たった1人で横浜港からナホトカ航路の船に乗ることに。

 それがさびれた船でね、怖いから適当な理由をつけて一等船室に移った。父が私の突然のフランス行きを面白がって、なんとか工面してくれた多額の旅費があったので。そのお金は盗まれたら大変だから、肌色のストッキングに包んでいつも腰に巻いてたのよ(笑)。船から見た天の川や夕日がきれいだったこと。鉄道や飛行機を乗り継いで着いたモスクワのホテルでは、麻のシーツの心地よさに感激した。

 《そして、空路で念願のパリへ》

 パリは橋も建物も街路樹もどこもかしこも美しく見えて、メトロには乗らずひたすら歩いた。映画館や美術館にも。街は通りや建物がほぼ昔のまま。たとえば、フランス革命とか歴史が生きてそのまま残る街の光景を目の当たりにして、もっと勉強しなくちゃと、猛然と本を読み始めた。フランス語も学校に通って、いちから覚えた。まるで赤ちゃんみたいに何もかも新しい体験で、生まれ変わった気分でした。

 街を歩く人たちも、タートル…

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