第8回各国驚かせたソ連崩壊の内幕 引導渡したロシアとウクライナの思惑は

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編集委員・藤田直央
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 ソ連の共産党保守派が1991年8月に起こしたクーデターは瓦解(がかい)したが、政治と経済の停滞を克服すべく共産党の独裁放棄などの改革を進めてきた大統領ゴルバチョフの権力基盤のもろさもあらわになった。

 その4日後の8月25日、日曜の夜に、首相海部俊樹、外相中山太郎、蔵相橋本龍太郎らが東京都内のホテルに集まった。

 日本は主要7カ国(G7)議長国の英国から、ソ連の改革が後退しないよう、7月のロンドン・サミットで合意した経済支援を推進したいので協力をと打診されていた。その対応を話し合う様子が、2022年末の外交文書公開で開示された「極秘 無期限」の文書に記されている。

外務省は2022年12月21日、湾岸戦争やソ連崩壊などが起きた1991年の出来事に関する外交文書を公開しました。米ソ対立の冷戦が終わり、国際社会が新秩序を探る中で激しく動いた年。日本外交の舞台裏を映す文書とともに振り返ります。

ソ連はまとまりを持つのか? G7の懸念

 橋本の意思は固かった。ソ連…

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この記事を書いた人
藤田直央
編集委員|政治・外交・憲法
専門・関心分野
日本の内政・外交、近現代史
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    服部倫卓
    (北海道大学教授=ロシア・東欧)
    2022年12月28日16時49分 投稿
    【視点】

    揚げ足取りのようなコメントで恐縮である。 記事にもあるとおり、1991年暮れのロシア・ウクライナ・ベラルーシという3共和国の電撃合意で、ソ連は本格的に終焉に向かい、各共和国はそれぞれ独立して、独立国家共同体(CIS)というごく緩やかな結び

    …続きを読む