「国の政策でヘルパーがいなくなった」
10月25日、東京高裁。
介護保険のホームヘルパー(訪問介護員)として仕事をする伊藤みどりさん(71)は、そう言い切った。
現役のヘルパー3人が、1人330万円の損害賠償を国に求めた異例の裁判。その控訴審が、この日結審した。
12年前から、一定期間ごとの勤務シフトで労働時間や賃金が変わる「登録ヘルパー」として働く伊藤さんは、この10年間の自らの勤務シフトと1日あたりの賃金の変遷をスライドで示した。当初1回1時間以上が多かったという訪問が、30分未満が中心になっていった実態を説明した。
調理や掃除などの支援をする「生活援助」では2012年度から、それまでは1回あたり「30分以上60分未満」と「60分以上」だった時間区分が、「20分以上45分未満」「45分以上」に短縮され、報酬が下がった。「効率化」を求めるこうした介護保険の制度改正で、訪問の細切れ化が進んだと伊藤さんは批判した。
強調したのは、細切れ化で介護のゆとりとやりがいが奪われたことに加え、労働条件が悪化した点だ。介護報酬は、実際に介護をした時間に対する「出来高払い」。訪問が細切れになって行き先が増えると、移動や待機の時間も増え、結果として賃金が支払われない空き時間が増えてしまう。
今年9月のある1日には、午前9時15分~午後4時40分に6軒を訪問したが、賃金は6千円に届かなかった。例えば、次の訪問先までの時間が25分間あっても、移動手当が支払われたのは6分間分のみ。残りは、猛暑のなか待機していても、無給だったという。
介護保険導入前の「公務員ヘルパー」の時代を含め、ヘルパー歴30年を超す藤原るかさん(68)は、エプロン姿で法廷に立った。
月2~3回のキャンセルがある認知症の高齢者のケースを説明。キャンセル時の賃金は支払われても休業補償として通常の6割だけで、払われない事業所もあるとし、「ヘルパーの収入はキャンセルで不安定になっている」と語った。
そのうえで「キャンセル、移動・待機時間など、無給で働かざるを得ない私たちの状況を調べることもせず、放置してきた」として国の対応を批判した。
福島県内で働く佐藤昌子さん(68)が訴えたのは、地方の小規模な訪問介護事業所の苦境だ。
利用者の家は広域に点在し、片道40キロを超す訪問先も。冬場には積雪や路面の凍結で倍以上の時間がかかる。「朝8時のケアに入らなければならないときは、渋滞を避けて2時間も前に自宅を出るヘルパーもいます」と実情を説明した。
こうした移動の負担が介護報酬では考慮されていないと佐藤さんは言い、「事業所の運営は綱渡り」と訴えた。勤め先の事業所の所長は、自分の賃金を年収100万円台まで削り、ヘルパーの人件費をどうにか確保しているという。
介護事業所がきちんと賃金を支払えないのは、低すぎる介護報酬に根本原因があり、ヘルパーの苦境は労使交渉などでは解決できない。3人は、裁判を通じてそう主張してきた。
原告側は、未払いなどが生じるのは公定価格である介護報酬の水準が低すぎるためで、適正な賃金を支払う経済的基盤の整備を怠った責任が国にあると主張。介護報酬は、移動時間などの賃金も含めたサービスの平均的な費用をふまえて設定されているというのが国の見解だ。国側はそのうえで、介護労働者の労働条件の改善には積極的に取り組んでいると反論している。
昨年11月の東京地裁判決は、厚生労働行政に違法性はないとして請求を退け、原告が控訴していた。
3人が掲げるのは「ケアを社会の柱に」という理念だ。裁判終了後の報告会で、「ケアは魅力のある仕事と思ってほしい。それが私たちの願い」と伊藤さんは語った。
判決は来年2月2日に言い渡される。
ホームヘルパーの極度の人手不足は、深刻さを増すばかりだ。
ホームヘルパーの職を求める1人あたり何件の求人があるかを示す有効求人倍率は2022年度に15・53倍に達し、施設の介護職員の3・79倍と比べても突出して高い。新たにヘルパーになる人が減り、高齢化も急速に進む。
人手不足による「介護崩壊」の兆しは、すでに広がっている。
「週1回の訪問依頼ならどうに…