香港の映画界は、国家安全維持法の施行(2020年)以前も、民主化運動について表立って発言する人はほとんどいなかった。その中にあって俳優アンソニー・ウォン(黄秋生)さん(62)は、若者の抗議行動などを果敢に支持し、中国資本の映画を中心に干された。その彼の新作主演映画が日本で公開。来日したウォンさんに、約4年ぶりにインタビューした。
新作映画は「白日青春―生きてこそ―」(2022年、香港・シンガポール合作)。日本各地で順次公開中で、テーマは、香港でほとんど取り上げられることのない難民だ。
新作が描く香港の難民の苦境
主人公は、ウォンさん演じる白日(バクヤッ)。1970年代に中国大陸から英国統治下の香港に「密入境」したタクシー運転手で、警官になった息子とはうまくいかず、孤独で荒れた暮らしを送っている。そんな中、ひょんな争いを機に、カナダ移住を夢見るパキスタンからの難民家族と知り合う。父親に災難が降りかかり、白日はその息子ハッサンと心を通わせるようになるが、事態は深刻化してゆく――。
この作品でウォンさんは、台湾版アカデミー賞「台湾電影金馬奨」で主演男優賞を受賞。ハッサンを演じたパキスタン系のサハル・ザマンさんも、「香港電影金像奨」の最優秀新人俳優賞に輝いている。
香港は歴史的にも地理的にも、数多くの難民がたどり着く地域だ。かつてはベトナム戦争終結前後に多くのボートピープルが流れ着き、近年は、「白日青春」にも登場する南アジアなどからの難民も多い。だが、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、香港は国連の難民条約に加盟しておらず、基本的には難民を受け入れていない。
それでも香港の難民は、条約が定める、迫害の恐れのある国・地域へ送還してはならない「ノン・ルフールマンの原則」の適用は申請できる。ただし米国務省の「2022年香港人権報告書」によると、認められるのはわずかなうえ、審査中は就労できず、多くは困窮を極める。UNHCRによる第三国定住(逃れた先の国でも保護を受けられない難民を他国〈第三国〉が受け入れる制度)も、何年も待つことがほとんどだという。
民主化運動への弾圧が進む中で、難民支援の活動家や人権派弁護士らが相次ぎ域外に出たのも、難民の苦境を加速しているという。
映画で描かれるハッサンの家族が、これらにまさに該当する。根強い差別に直面する場面も描かれる。追い詰められ犯罪に手を染める状況を防ぎきれない仕組みの描写も含め、映画自体が香港のありようへの批判にもなっている。
「香港は実に差別の社会」
ウォンさんはインタビューでこう語った。
「香港は多様な民族が集まり、多様な文化が融合する多元的な街。なのに今までの香港映画は、違う民族の人たちをほとんど描いたことがなかった。例えば香港のインド人の歴史は長いし、フィリピン人も大勢働き、香港にものすごい貢献をしてきたのに、彼らを撮った香港映画はほとんどない。出てきても、フィリピン人なら『マリア』とか、決まりきった名前で登場するだけ。そういう社会だなと思う」
「香港は実に差別の社会だと思う。日本にも似たようなところがあるかもしれないが、この種の差別をみんなあんまり感じていなくて、当たり前の習慣のようにもなってしまっている」
この映画は23年の大阪アジアン映画祭でも上映されている。ウォンさんは「日本の皆さんはこの映画が『好き』『素晴らしい』と言ってくれる。本当にうれしいですよね」。
一方、香港では「正直、ほとんど反応がなかった。今までと違うタイプの映画だし、これからもこういうテーマが続けて出てくる状況ではないと思う。今の香港ではアニメが人気ですね」と話した。
「香港映画は1990年代、例えば(香港返還の)97年あたりから人材育成や技術の伝承、市場の開発をしっかりやっていたらと思う。マーシャルアーツ(武芸)にしても、映画で指導する人がもうほとんどいなくなってしまった。今から何かをやろうとしても、ちょっと遅い」
ウォンさんはなぜ、この「白日青春」に出ようと思ったのだろうか。
そう尋ねてまず短く返ってき…
- 【解説】
本作では「南アジア系難民」と、多数派の「香港人」の生活がパラレルに描かれています。南アジア難民は香港では差別の対象で、白日も当初そうした意識を隠しませんが、法を犯してでも生き延びねばならない難民の苦境に、やがて白日は寄り添うようになって行き
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