被爆者6人の言葉、全国の図書館・大学へ 「ヒロシマ、顔」が書籍化
被爆75年の2020年から刊行されてきた「ヒロシマ、顔」の小冊子が今年1月、一冊の本にまとめられた。「ヒロシマ、顔 ヒロシマを生き抜いた6人」。被爆者6人の人生を、写真と言葉でたどる。広島県内の図書館や中学校・高校・大学をはじめ、全国の主要な公立図書館や大学図書館に計1千冊が発送された。
「ヒロシマ、顔」プロジェクトは、広島のNPO法人「ANT―Hiroshima」理事長の渡部朋子さん(70)らが19年から始めた。被爆者の姿を今こそ残しておかなければ、という強い思いからだ。
写真家の石河(いしこ)真理さんが撮りためたポートレートをもとに協力者で知恵を絞って取り組んだのが、被爆者一人ずつの小冊子だった。これまでに、岡田恵美子さん、西岡誠吾さん、清水恵子さん、田中稔子さん、森下弘さん、近藤紘子さんの被爆者6人と、被爆者医療の研究に尽くしてきた鎌田七男・広島大学名誉教授の小冊子を刊行している。
被爆者6人の小冊子を一冊の本にしたのは、全国に発信したいとの思いからだった。管理上の問題から小冊子は図書館に受け付けてもらえないという。「ならば本にしよう」と22年から準備を進めてきた。
◇
本には、珠玉の言葉がちりばめられている。
今も戦争が続く世界。
《今や、世界中の誰もが被害者になり得るから》
海外で証言活動を重ね、21年に84歳で亡くなった岡田恵美子さんの言葉だ。
被爆体験を絵で表現するようになった西岡誠吾さん(92)は、アウシュビッツを訪れた際に見た絵で、絵筆の力を知った。自ら描いた紙芝居とともに、こんな言葉も記されている。
《原発と原爆/その根源は同じである》
朗読を通して平和活動を続ける清水恵子さん(80)は行動を呼びかける。
《私たちは小さな存在ですが無力ではありません》
七宝作家の田中稔子さん(85)は、核兵器を地球上からなくさなければならない理由をこう述べている。
《ある場所での諍(いさか)いは、必ず全体に影響する》
ケロイドの残る書家の森下弘さん(93)は、この本の題字も手がけた。世界で核廃絶を訴え、米国での体験を忘れることはない。
《米国にもいるんです。原爆のむごさに涙し、反戦を願う人々は》
10歳の時、原爆を投下した操縦士の「涙」に出会った近藤紘子さん(79)は、こんな言葉で締めた。
《一人一人が平和を作り出す存在になれば、過ちが繰り返されることは決してないはずよ》
渡部さんは「被爆者というより一人の人間として、原爆の被害に苦しみながらも人生を切り開き、平和を希求する社会に向けて貢献されてきた方々です。その人生と生きざまを素晴らしい言葉で話してくださっている。全国の方に手にとってもらえたら」と話す。
本はA5判、全カラーの128ページ。表紙やデザインには被爆した煙突が今も残る歴清社(広島市西区)の箔(はく)押し紙を活用した。本の制作には多くの支援者が関わり、計1500部作成。一般販売はしていない。
「ヒロシマ、顔」にはウェブ版もある。映像シリーズ「ヒロシマ、声」にも取り組み、これまでに被爆者の岡田恵美子さんと李鍾根(イジョングン)さん(22年に93歳で死去)のDVDが完成している。
問い合わせはANT―Hiroshima(082・502・6304)へ。