第5回指揮者・山田和樹が学んだ「魔女」の言葉 大事なことを考え抜く力に
【連載】音を翼に~佐治薫子とジュニアオーケストラ
千葉県少年少女オーケストラの指導者を90歳の今も務める佐治薫子(しげこ)さんは、定期演奏会の本番には必ず一流の指揮者をゲストとして招きます。そうした指揮者のなかに、ベルリン・フィルデビューも決まり、いま世界で最も期待される精鋭のひとりへと躍り出た山田和樹さんがいます。「佐治先生の教え子はたくさんいるけれど、僕が一番の教え子だと思っている」と胸を張る山田さんが、佐治さんの教育法の核と原点を語ります。
――千葉県少年少女に初めて登壇したのは2003年。佐治さんとはもう20年を超えるお付き合いですね。
(東京)芸大を卒業したのが01年なので、招いていただいたのは本当に駆けだしの頃でした。すごくうまいという評判は聞いていたけれど、実際そうでした。でも、それ以上に、僕にとっては佐治先生との出会いが衝撃だった。全くどこにでもいる普通の人にしか見えないのに、一体どういう指導をしたらこんな響きが出てくるのか――。
オケ以上に、僕は佐治先生に対して興味津々。僕が指導している時は佐治先生の指導を見ることができないので、いったん帰ったふりをしてまた戻り、こっそり子供たちとのやりとりを見ていたんです。そしたら何てことない。延々としゃべっているだけなんです。音楽の話じゃなく、最近何を見て気に入ったとか、そんなまったくどうでもいい日常のことを。
ああ、こういうことかと思いました。佐治先生は、ただただ自分自身の好き嫌いを、率直に子供たちに語っている。わかる、わからないじゃない。相手の時間を黙って受け入れる。そこに教育の原点があるんだって、その時、僕なりに確信したんです。
――具体的にはどんな指導を?
たとえば先生ね、左利きの子供は絶対、右利きに直すんです。今は多様性の時代っていうから、左利きの人がいてもいいっていう風に考えるでしょ。でも、先生は明快にこう言うんです。「日本の文字は、右で書くようにできてるから」
で、その直し方がまた面白い。左利きの子たちを集め、みんなでラーメンを食べにいくんです。当然、子供たちは左手で食べる。あらー、あなたたち、うまいわね。私も食べてみようかしら。当然、うまく食べられない。生徒たちがばかにする。じゃあ私、左で食べられるように練習するから、あなたたちも右手で字を書けるように練習しなさいよ。そんな風に、競争にする。子供たちは大喜び。先生、僕、書けるようになったよー! で、先生は左手で食べられるようになった? そうやっているうちに、全員が両利きになる。
競争が好きな子供たちの心を、健康的にうまくすくいあげて導いていく。これは天性のセンスだと思います。
千葉県少年少女に限らず、地…