声を失っても会話ができる。体が動かなくても音楽活動ができる――。筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の武藤将胤(まさたね)さん(37)は、失われていく体の機能を技術や工夫で補い、「できない」を「できる」に変えようとしてきた人だ。そんな武藤さんを主人公にしたドキュメンタリー映画が、山口市の山口情報芸術センター(YCAM)で上映される。監督を務めたのは、yab山口朝日放送の元記者、毛利哲也さん(49)だ。
映画のタイトルは「NO LIMIT,YOUR LIFE」(ノー リミット、ユア ライフ)。
武藤さんの姿を目にしたことがある人は少なくないはずだ。2021年の東京パラリンピックの開会式。車いすの少女が演じる「片翼の小さな飛行機」の物語の中で、派手な衣装を身にまとい、ギタリストの布袋寅泰さんらを乗せたデコトラ(電飾つきのトラック)の運転席に座ってパフォーマンスをした人だ。
武藤さんは大学卒業後、大手広告会社に就職。手にしびれを感じるようになり、27歳の時に、全身の筋肉が徐々に動かなくなるALSと診断された。きのうまでできたことができなくなる。そんな不安と恐怖に襲われながらも、一般社団法人「WITH ALS」を設立し、ALSの課題解決を起点に、すべての人が自分らしく挑戦できるボーダーレスな社会の創造をめざして活動してきた。
のどの筋肉が衰えて気管を切開したあと、誤嚥(ごえん)を防ぐための手術を受けて人工呼吸器を装着し、声を失った。しかし、目の動き(視線)で文章を入力するソフトを使い、自身の声をもとに作った合成音声で会話するシステムを研究者や企業とともに開発した。資金はクラウドファンディングで集めた。
「EYE VDJ MASA」と名乗り、音楽活動をおこなう。DJ(ディスク・ジョッキー)をするのが好きだったが、手を動かしづらくなり、視線で音楽と映像を操るシステムを開発するなどしてDJやVJ(ビデオ・ジョッキー)をしている。楽曲の作詞、作曲も手がける。
映画は、そんな武藤さんと、武藤さんのALS発症を知ったうえで結婚した妻の木綿子さん(40)の「2人の冒険譚(たん)」。ナレーションは、夫妻の友人である俳優の石原さとみさんが務める。
監督の毛利さんは大学卒業後、yabで記者兼カメラマンをし、テレビ朝日「報道ステーション」のディレクターになった。ALS患者に密着したドキュメンタリー番組「笑顔の約束~難病ALSを生きる~」は2015年の日本民間放送連盟賞で優秀賞を受賞。17年に武藤さんに出会い、取材を続けてきた。監督を務めた映画はこの作品が初めてだ。
毛利さんは「未来を変えるアイデアを形にしようと走り続ける武藤さんの限界なき挑戦の原点を世界に伝えたい。私の活動の原点となる第二の故郷で皆様にお会いできるのを楽しみにしています」とコメントしている。
映画はすでに東京、大阪、福岡など各地で上映されており、YCAMでの上映は9月16日から27日の予定(火曜日休館)。料金は一般1300円。会員と25歳以下、65歳以上、障がい者(介助者1人)は800円。22日午後2時50分から毛利監督のトークイベントが予定されている。
問い合わせはYCAM(083・901・2222)。(松下秀雄)