親子でできるライフハック
ICT活用の取り組みと現状を現場の先生に聞く 渋谷区立千駄谷小学校・鍋谷正尉さん
2024.02.27
日々進歩する情報化の時代。インターネットからアプリ、スマホまで、ICTを毎日の生活や学びに活用する技を紹介し、また教育現場の先生や、最新技術の開発者、ライフハック実践者にインタビューする連載です。
第4回のゲストは、渋谷区立千駄谷小学校教諭の鍋谷正尉(なべやまさい)さんです。渋谷区は、全国の自治体に先駆けて「1人1台端末」を導入しています。鍋谷さんは、同校で算数専科の教員として、エンジニアの知見を生かし、子どもたちが楽しく算数を学べるICT教材の開発も行っています。今回は、ICT活用のメリット、保護者がいかに子どもたちのデジタル活用に関わっていくべきかなどを聞きました。
子どもたちが試行錯誤できる教材を自ら開発
ーー鍋谷先生の自己紹介をお願いします。
鍋谷 私は秋田の出身で、大学卒業後は東北地方で小学校の講師や図書館職員、パソコン講習の企画を行う企業などにおりました。青森で小学校の図工講師を務めた1990年代はパソコンで使える教材が少なかったため、自分で作成したことがきっかけで、デジタル教材の開発や研修に携わっています。
その後、2004年から東京都公立学校教員となり、町田市、大田区の小学校を経て、2019年から渋谷区立千駄谷小学校に勤務しています。
ーー開発に参加されたデジタル教材にはどんなものがあるか、ご紹介いただけますか?
鍋谷 例えば、この「スケールズ」は、3年生の重さの学習用に開発したものです。2年ほど前につくったものを、他の先生方のアドバイスをいただいたり、子どもたちの使い方や意見をきいたりして、改良を重ねています。
頭の中だけで考えるのが苦手な子も、この教材で手を動かしてやっていくうちに、頭の中でも考えられるようになる。デジタルツールは、子どもたちの思考を促進させることができると思っています。
GIGA端末は家庭のコミュニケーションのひとつになっている
ーー渋谷区は公立小学校の中でも、「1人1台」端末の導入がはやく、2017年の9月からスタートしました。それから数年経った現在、子どもたちにどのような変化がありましたか。
鍋谷 「自分たちにできることが、こんなにある」という感覚が広がってきているのは感じます。同時に、それが学習だけでなく、生活をよりよくするツールとしての可能性を感じられているかどうかで、使い方にも差が出てきている。単なる遊びや時間つぶしの消費者的なツールとしてしか見えてないケースもあると感じています。
ーー私は渋谷区在住の保護者の一人です。導入当時は、保護者の期待する声がある一方、とまどいや反対する声も聞こえてきましたが、学校としてはいかがでした?
鍋谷 実際のところ、ポジティブな意見もネガティブな意見もありました。どちらも出てきたのは、健全なやり取りだったと思っています。
例えば、渋谷区では2021年度に子どもたちに配るタブレット端末に「Minecraft」を導入しました。その時には、保護者だけでなく教員からも、かなりネガティブな反応がありました。しかし、時間を経て反対の声は一部のものとなり、全体的には「有効的に使うために、どうしていこうか?」という風潮に変わっていったように思います。
ーー保護者にとって、「Minecraft」はゲームというイメージが強く、不安もありそうですね。実際にあがった声としては、どんなものがあったのでしょうか。
鍋谷 ネガティブな声としては、「端末を家に持ち帰らせないでほしい」「学校でルールをつくってほしい」などです。
一方で、「タブレット端末は、家庭でのコミュニケーションの手段の一つとなっている」「学校から提供される様々な情報や子どもの学習の過程によって子どものことを知ったり、子どもとの会話の一部になっている」といった意見もいただきました。
親にこそデジタル・シティズンシップを知ってほしい
ーースマホのトラブル等はいかがですか? 保護者としては、渋谷区の小学生はスマホ所有率が高いように感じましたが。
鍋谷 意外と少ないです。今年度は、年に1~2件、LINEのコミュニケーションのトラブルをめぐる相談でした。トラブルは、スマホを使い始めた時期に多いように感じています。
保護者から相談を受けたケースのひとつとして、子どもがLINE上でけんかをしたというものがありました。ちいさなけんかでしたが、本人にとっては深刻な問題で、「どうしていいかわからない」と保護者の方が不安に思い、「助けてください」と相談に来られました。
学校は、子ども同士の人間関係で生まれた課題ととらえて、それぞれの担任2人で対応しました。けんかをした子どもたちは普段から関係に問題があり、LINE上だから発生したけんかというよりも、けんかの場所がLINEになった出来事でした。それぞれの子どもの保護者の方とは、「人間関係に未熟な子どもたちがSNSを使う時は、注意深く見守っていく必要がありますね」という共通の理解に至りました。
学校としては、1人1台の端末を活用している以上、出来事が起こったのが学校の中であろうと外であろうと、子どもたちのインターネットやスマホの活用の意識は、シームレスにつながっているものと捉えています。もう生活に必要なツールとして定着しているものなので、よりよく使っていくためにどうするかこそ学ぶ必要があります。
本校では2022年度から道徳授業でデジタル・シティズンシップ教育をテーマに、全学年で授業を実施しました。また、日本デジタル・シティズンシップ協会の豊福晋平先生や今度珠美先生に講演も行っていただきました。
ーーでも、子どもたちに向けてだけでは駄目ですよね。
鍋谷 そうなんです。それで保護者向けの講演会も行っています。初回は、まだ保護者の方の認知度も高くなかったせいか、あまりご参加いただけなかったので、今年度は広報にも力を入れました。
保護者向け講演会の集客は難しいのですが、土曜日の公開授業を1時間目と3時間目に行い、その間の2時間目に講演会を行うなど工夫しました。結果、100名以上の保護者の方にご参加いただき、最後の質問コーナーではたくさんの質問が寄せられました。
ーー保護者からは、どんな質問がありましたか?
鍋谷 視力などの健康面を心配する質問や、「YouTubeを見過ぎるので、制限していいか」といったものなど様々な質問が出て、保護者も端末について課題をもっていることを感じました。
その他にも、「勉強で使わせたいけれど、どうしたらよいか」という質問に対し、豊福先生は、「そもそも、保護者がそういう使い方をしてますか。勉強に使うのであれば、教えてあげないとその良さはわかりませんよね」と回答されていました。
ーー確かに……。娯楽に使うことが多い大人にとっては、とても耳の痛い言葉です。鍋谷先生ご自身は、保護者からスマホの使い方や制限について質問された場合は、どうお答えになりますか?
鍋谷 私は、「ご家庭のルールでやってください、制限していいです」とはっきり言っています。制限しないで、ずるずると使い続けて問題が生じるのを見ているだけというのはおかしい。保護者の方にも思いがあるから、そこは、お子さんと相談しながらやっていきましょうと話しています。
ーーちなみに、保護者からよくある質問として、「スマホはいつから持たせたらよいのか」というものがあります。我が家は悩んだ挙句、中学2年生になって購入しました。家庭の方針や子どもの性質によっても変わってくるかと思いますが、鍋谷先生はどう回答されているのでしょうか。
鍋谷 スマホになると途端に難しい問題に感じますよね。では、他のものの場合はどうでしょうか。内容によって違うのは当然ですが、欲しくなった時、必要になった時、買えるようになった時などですよね。
では、スマホだとどうか。それは、「必要になった時」だと考えています。
では、いつが「必要」になる時か。それは、コミュニケーションや社会生活上で必要になった時だと思っています。できれば、それが視野に入った時が、きっかけのひとつではないでしょうか。
ーーなるほど。我が家も、「クラスや部活の連絡がしづらい」ということが購入のきっかけとなりました。まさに「必要」な時だったと感じています。
娯楽から「役に立つ」側面へと視点を広げていく
ーー学校から持ち帰る端末にも、頭を悩ませている保護者も多いと思います。ぜひ、アドバイスをお願いします。
鍋谷 管理・監督が目的になりがちなケースを見聞きします。そういうことより、「学校で、子どもがどんなふうに使っているか」を保護者の皆さんが知ることが、重要ではないでしょうか。その先に、よりよく使うための関わりが生まれます。いろいろと知った上での言葉には、子供も耳を傾けるのではないかと思います。
「傍観者としての見守り」ではなくて、「使い手としての見守り」に変わるチャンスです。
ーー「チャンス」って、良い言葉ですね。
鍋谷 例えば、私の算数の授業では、「エクセル」を使う単元もありますが、ご家庭で「エクセルなら、こうしたらいい」とアドバイスを受けて、新しい使い方を知る子もいます。傍観者として指示をするのではなく、一緒に使う。同じ画面を見て、「こうだよね」と話しながらやるのもひとつの方法です。
また、YouTubeなどについては。こういったリソースを活用する体験は、子どもが自律的な活動をするようになると、生涯にわたって子どもを支える学習・生活の環境となります。
娯楽に使うのは、大人も子どもも同じです。だからこそ、学習で使ったり、生活の役に立てたり、人生の役に立つ側面を一緒に体験することで、現実的な落とし所が見つかります。様々な活用を体験する中で、たんに娯楽としての側面から、より良い生活を実現する側面へと、視点が広がっていけばいいと思います。
ーー「一緒に取り組む」のは大事ですね。保護者にとっても、エクセルのような仕事でも使っているツールなら、一緒に考えたりヒントを教えたりできそうです。では、最後に保護者の方々へメッセージをお願いします!
鍋谷 GIGAスクール構想での「1人1台」端末は、子どもが学習で使うICTとしての側面を鮮明にしました。しかし、子どもにとってのICTの主戦場の一つは、学校外の私生活にあると思っています。
それらは、別々に存在しているわけではなく、シームレスにつながったものとしてあるはずです。つまり、学校と家庭が連携して、子どものICTを使った活動や環境について理解を深め、それぞれの立場からサポートしていくことが欠かせないだろうと思います。そのためにも、まずは自分がICTを活用した社会生活を見つめ直し、子どもの将来に向けての声かけができるようになっていけばと思っています。
ーー2025年の大学共通テストでは、いよいよ「情報」も入りますが、まさに「使うことが当たり前の時代になった」ということですね。
鍋谷 もはや、情報を扱うスキルや知識は基礎教養であり、大学としても、入学してくる学生に対して情報リテラシーの基礎が必要であるというメッセージだと思います。
試作問題にあった論理回路などは、ややハードルが高いと思いますが、小学生で使うビジュアルプログラミングにも、その要素はあります。高校でしっかり授業をして学んでほしい。保護者の方や今後の受験生は、しっかりとアンテナを張っていったほうがいいと思います。
ーーありがとうございました。
保護者も、子どものスマホや端末の使い方に課題をもっている。けれど、なかなかそこにうまく踏み込めないもどかしさは、常に感じ続けていることでしょう。
この記事を読んだ方が、「傍観者としての見守り」から、「使い手としての見守り」にシフトしていけることを願っています。