■特集:文系、理系…どっち?「文理選択」を考える【インタビュー】
日本では高校の早い段階で文系、理系にクラスが分かれて、進路選択することが一般的です。一方、AI(人工知能)やデータサイエンスの普及などを背景に、文理融合教育が求められるようになっています。文系、理系の選択や、大学での文理融合の学びをどう考えればいいのでしょうか。『文系AI 人材になる』の著者で、東京大学松尾研究室発のAIスタートアップ企業、ELYZA(イライザ)の取締役を務める野口竜司さんに、平岡妙子編集長が聞きました。(写真=株式会社ELYZA提供)
AIを作る時代から、使う時代へ
――AIはこの先ますます普及していくことは確実です。今後はAIに関してどのような素養が求められるようになるでしょうか。
2022年11月に、質問を入力すると人間と話すようにAIが質問に答えてくれる「チャットGPT(※)」が登場して、世の中を席巻しています。チャットGPTが広がったあとのことを、私は「アフターGPT時代」と呼んでいますが、これから求められるのは「AIを操る能力」です。これは、文系、理系問わず、身につけるべきスキルです。
――「AIを操る能力」とは、具体的にどのような能力でしょうか。
「プロンプト」という専門用語がありますが、これはチャットGPTなどに出す指令のことです。「このような条件で、こういうタスク(仕事)をしてください」というお願いですね。上手に質問やお願いをする、つまりプロンプト力を上げることが、AIを操る能力を上げることになります。このお願いの仕方次第で、AIが出してくる回答の精度やクオリティーは全く違ってきます。仕事をするときに、AIを使いこなして業務生産できる人と、AIを使ってもなかなか生産性が上がらない人との差が出てくると思います。
――AIの仕組みや技術的なことが理解できていないと、プロンプトでお願いできないのでしょうか。
実は、プロンプトは小学生でもできます。例えば「お母さん、明日は遠足だからお弁当を作って」という投げかけは、「こういう言葉でお願いすればお母さんにやってもらえる」とわかっているからできます。チャットGPTなども同じで、AIの構造を理解しなくても、投げかけができれば、誰でも扱えるようになります。ただ、AIの構造や技術的な内容を理解し、応用力があるほうが、より活用できます。
――いままではAIを使いこなすためには、プログラミングの知識が重要だと考えられてきました。でもプログラミングができなくてもいいのでしょうか。
賛否両論あるでしょうが、言葉で指令を出せばプログラミングもしてくれる状況になるので、私はプログラミング能力は必要なくなると思っています。よほど高度で複雑なシステムでない限り、AIを経由すればやってもらえるようになるので、エンジニアになる人以外はプログラミングが必要でなくなる可能性が高いでしょう。
――「AIを作る仕事」と「AIを使う仕事」はまったく別物ということですか。
別物ですね。これからは「AIを使う仕事」が量産されて、日常的な業務になるでしょう。新たにAIを作らずとも、チャットGPTのような汎用(はんよう)的なAIを使いこなすだけで、AIを十分に活用できる時代に入ってきています。
(写真=株式会社ELYZA提供)
言葉の力を磨いて、AIを使いこなせる人材に
――野口さんは大学時代、政策科学部で文理融合の学びをして、それが今も役立っているということですが、AIが進化した今の時代に大学ではどのようなことを学ぶといいでしょうか。
「アフターGPT時代」は、教育の価値観を変えざるを得なくなると思います。例えば、これまでは法律の知識で問題解決を図るといった、高度な専門知識を持つ人しか導き出せなかった回答に、AIを利用して一律にアクセスできるようになります。
つまり高度な専門知識の価値が、相対的に下がってしまう可能性があります。実際、米国では、GPTが医師資格試験や司法試験をクリアできるレベルまで進歩していますから、過度に特定の専門領域だけを勉強すると、逆に危うくなるかもしれません。
一方で、「AIを操る能力」は磨くべきでしょう。「AIが当たり前にあることを前提にした社会で、各学問領域においてAIをどのように活用すべきか」「AIができないことに対して人間が何をすべきか」という観点で発想を磨くといいと思います。
――AIができないこと、人間がすべきこととは、何でしょうか。
すでにAIはメッセージの意図もわかるようになってきていますので、「人間と人間のコミュニケーションの質」みたいなものをしっかりと磨く必要があると思います。人と人の付き合い方が非常に重要視されていた昭和の頃のような状況に回帰していくかもしれません。
――これからのAI人材に必要なことは、AIの仕組みを理解することではなく、「どう使いこなせるのか」なのでしょうか。
もちろん一定のAIの基礎知識の理解は必要ですが、それを深掘りする必要はありません。社会課題や業務の中で生じる課題と、AIができることをマッチングさせて、「AIを使って課題解決を量的にも質的にも最大にすること」が、AIを使いこなす人材の使命だと思います。言葉で操ればAIは動くので、文系であってもAIを実行させる側の役割を担えます。
――AIを自在に動かすためには、「言葉の力を磨く」ということですか。
その通りです。やってもらいたいことをいかにAIにわかりやすく伝えられるか、です。例えて言えば、のび太くんがドラえもんに対して的確にリクエストできれば、適切な道具が出てくるでしょうし、少し違う伝わり方をすると全然役に立たない、問題解決できない道具しか出てこないということになりますよね。
――「ドラえもん、これじゃないよー!」とのび太くんが文句を言っても、頼み方が悪かったということですね(笑)。
専門分野で自分だけの強みをつくろう
――「アフターGPT時代」には、大学で何をどのように学ぶべきでしょうか。
AIを操る能力は、文系、理系を問わず、全体的に底上げされていくので、差別化がなかなか図りづらくなるでしょう。私は「AIを操る能力」と「自分の得意」を掛け合わせることが今後重要になってくると思います。
「自分の得意」というのは、文系なら法学とか経営学、文学、社会学といった専門の学問を深く習得し、かつ自分なりの視点を持っていることです。そうすれば、AIを扱う能力が平均化していく中でも、自分だけの強みを発揮していけると思います。言葉でAIを扱える時代だからこそ、それぞれの学問領域で自分が誇れるものを築けば、人とは違うクリエーティブな能力がつくのではないでしょうか。
――進路に悩んでいる中高生や保護者にメッセージはありますか。
自分で様々なAIを触ってみて、大人になる頃の未来を想像したうえで進路を決めることをお勧めします。AIに触ってみて、「この能力は今後あまり意味がなさそう」とか、 AI時代のリアリティーを体感したうえで自己選択をするのがいいと思います。
「AIができそうなことだから私はもうしなくていい」とサボるほうにいくのではなく、AIを使ってより難度の高い課題を解くことをイメージしてほしいです。高いハードルをAIとともに跳び越えたいと思えるような学問を選択することが、とても大事です。
そして親御さんもAIを触ってみて、「AIはここまでできるんだよ」といった現実をお子さんにしっかり伝えることが重要なのではないでしょうか。
※ChatGPT(チャットGPT):米国のオープンAI社が2022年11月から公開しているAIによるチャットサービス。質問をすると自然な回答が返ってきたり、原稿や要約など高度な文章作成ができたりする。
野口竜司(のぐち・りゅうじ)/株式会社ELYZA 取締役CMO(最高マーケティング責任者)。ZOZO NEXT 取締役などを経て、2022年4月から現職。大企業でのAI戦略・企画策定やAIプロジェクト推進を多数手がける。日本ディープラーニング協会人材育成委員も務める。著書に『文系AI人材になる』(東洋経済新報社)など。
(文=熊谷わこ)
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