■名物教授訪問@日本大学
日本大学スポーツ科学部競技スポーツ学科の小松泰喜教授は、スポーツ選手のリハビリテーション(ケガと故障後の競技復帰と競技力向上)を専門としています。スポーツ科学部では、スポーツの歴史からマネジメント、トレーニングやリハビリテーションなど幅広く学びます。トップアスリートも所属するこの学部では、どのような研究を行っているのでしょうか。小松教授は千葉ロッテマリーンズ・佐々木朗希投手の母校でもある岩手県立大船渡高校でピッチャーとして活躍し、肩を痛めた経験があります。高校生へのアドバイスも含めて小松教授に聞きました。(写真=本人提供)
足首をひねったら氷水で冷やせばいい?
サッカーやラグビーの試合で足首をひねった選手が、患部を冷やしている姿を見たことがあると思います。このアイシングは、小松教授が取り組んでいる研究テーマの一つです。
「腫れてくる前に冷やすという冷却療法は昔から当たり前のように行われてきましたが、どのくらいの温度で、何分くらい冷やすのが効果的なのかはわかっていません。氷水よりも水道水で長時間冷やしたほうが、もしかしたら治りが早いかもしれない。このように、当たり前とされてきたことに科学的根拠はあるのか、実験して数量的に明らかにしています」
具体的には、病院で膝の手術を受ける患者さんに協力してもらい、冷やす温度と時間によって治るまでの過程がどう変化するかを調べようとしています。
筋肉が切れてしまう肉離れも、今までは冷やすのがいいとされてきましたが、冷やすことによって回復を促す炎症細胞の集まり方が鈍くなるという研究結果もあります。冷却療法の研究が進めば、スポーツの現場での処置は大きく変わってくるはずです。
競技復帰までの長い道のりをサポート
小松教授の専門は「アスレティック・リハビリテーション」です。トイレに行ったり、お風呂に入ったりという日常生活を支障なく行うことを目的とするメディカル・リハビリテーションに対して、アスレティック・リハビリテーションはスポーツ選手がケガをしてから競技に復帰するまでをサポートします。
「日常生活ができるようになってから競技復帰までが長いんです。競技復帰を100%とすると、日常生活ができるのはまだ40%程度の段階です。残りの60%は保険診療の範囲外になりますが、アスリートにとってはここがすごく大事だし、難しいのです」
身体の回復だけではなく、ケガをしたときと同じ動作を安全に少しずつ繰り返すことで、「またケガをするのではないか」という恐怖心を減らしていくことも大切です。
ケガをしやすい動作を調べて予防する
小松教授はケガの予防も重視しています。ケガを予防するためには、なぜケガをしたのかを綿密に調べることが必要です。
例えば、膝が内側に入るような動きをすると、ひねるような外力がかかって膝を痛めやすくなります。膝の動きには足首、股関節なども連動しているため、身体全体の動作や姿勢も見ていきます。最近の実験では、膝の靭帯を切ったことがある学生と、切ったことがない学生のジャンプの動作を比較しました。
「着地した瞬間の衝撃の吸収度に差がありました。こうした実験でケガをしやすい動作がわかったら、その動作をしないように、競技復帰までの過程で動作の反復や他の動作の習得をリハビリテーションとして行っていきます。予防に勝る治療はないと昔から言われていますから」
歴史からマネジメントまで幅広く学べるスポーツ科学部
小松教授は高校時代、千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手の出身校でもある岩手県立大船渡高校の野球部でピッチャーを務めていました。選手として自分自身が肩を痛めた経験から、スポーツ選手のケガや治療に関心を持つようになり、理学療法士の国家資格を取得しました。その後、病院勤務のかたわら、大学、大学院に入り、研究者になりました。
「私は先に理学療法士の資格を取りましたが、将来的にスポーツに関わって競技者を支援したいなら、まずはスポーツ科学部でスポーツの歴史やトレーニング、リハビリテーション、マネジメントなどを幅広く学んで、視野を広げてから資格に挑戦したほうがいいと思います」
実際、小松教授の研究室では、毎年何人かの学生が、卒業後に理学療法士の資格を取ってプロスポーツ選手のケアの仕事を目指しています。
競技者研究は多くの人の健康にも役立つ
日本大学のスポーツ科学部には、水泳の池江璃花子さん(2023年3月卒業)のようなトップアスリートが学年に数人在籍し、競技団体との接点も持ちやすい環境です。
「大学は自ら学ぶ場なので、ただ授業を聞いているだけとか、言われたことをやるだけではなく、自主的に学んでほしいですね。競技者の研究という、いわば尖った分野の研究成果は、アスリート以外の人のケガの治療にも活用されていきますから、多くの人の健康にも役立つことができます」
言葉や数字で説明できない世界を解明する面白さ
では最後に、スポーツ科学の魅力はどんなところにあるのでしょうか。
「野球の大谷翔平選手が時速160キロのボールを投げたとき、ホームベース上を通過する時間はわずか約0.4秒です。バットを振るには0.5秒かかるのに、なぜ打たれるのか。実は大谷が振りかぶって投げようとしたときに、バッターの脳はもう指示を出しているんです。
このように、スポーツには言葉や数字で説明できないこと、まだわかっていないことがたくさんあります。そこを突き詰めていくのは面白いし、世の中のためにもなるのではないかと思っています」
小松泰喜(こまつ・たいき)/日本大学スポーツ科学部競技スポーツ学科教授。専門はアスレティック・リハビリテーション。理学療法士、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー。1989年、理学療法士の資格を取得。病院勤務のかたわら、信州大学大学院工学系研究科生物機能工学後期博士課程修了。その後、東京大学大学院教育学研究科特任研究員、東京工科大学教授などを経て、2016年から現職。
(文=仲宇佐ゆり)
記事のご感想
記事を気に入った方は
「いいね!」をお願いします
今後の記事の品質アップのため、人気のテーマを集計しています。
関連記事
注目コンテンツ
-
無限に広がる卒業後の可能性――。あらゆる選択肢を学生に提供する東京都立大学作業療法学科の取り組み
作業療法士というと、「病院や介護施設で手足などのリハビリを行う職業」と漠然としたイメージを持つ人がいるかもしれない。...
2024/11/21
PR
-
大阪・関西万博への取り組みと、社会のニーズに応える新学部の創設――関西大学の新たな挑戦
2025年4月から半年間にわたって開催される「EXPO2025 大阪・関西万博」。共創パートナーとして活動する関西大...
2024/11/14
PR
-
専門分野の枠を超え、地域の課題解決に臨む~公立諏訪東京理科大学・地域連携研究開発機構の取り組み
公立諏訪東京理科大学は2018年、諏訪地域6市町村(岡谷市、諏訪市、茅野市、下諏訪町、富士見町、原村)の運営による公...
2024/11/14
PR
教授
-
昭和女子大学が運営するインターネットテレビ局「昭和女子大TV」では、先生の研究、授業、人柄を紹介しています。 今回は...
2024/07/17
-
高校時代に悩まされた「バスの渋滞」が原点 オーバーツーリズム解消を研究
■名物教授訪問@東京都立大学 地域をよみがえらせ元気にさせるための切り札として、観光が注目を集めています。政府の積極...
2024/10/05
-
昭和女子大学が運営するインターネットテレビ局「昭和女子大TV」では、先生の研究、授業、人柄を紹介しています。 今回は...
2024/08/23
学部・学科・研究室
-
大学の「校名変更」なぜ増えた? ブランド力?経営者の交代…7つの理由
■令和の大学を考える 現在、日本には800校近い大学がありますが、大学の名称が変更になった例が増えてきています。この...
2024/08/19
- キャンパスライフ
- 学部・学科・研究室
- 京都府
- 兵庫県
- 北海道
- 千葉県
- 大阪府
- 宮城県
- 山口県
- 岐阜県
- 広島県
- 愛知県
- 東京都
- 栃木県
- 福岡県
- 秋田県
- 長野県
- 青森県
- 高知県
- 鳥取県
- SBC東京医療大学
- ノースアジア大学
- 京都先端科学大学
- 京都橘大学
- 公立千歳科学技術大学
- 公立諏訪東京理科大学
- 公立鳥取環境大学
- 医療創生大学
- 周南公立大学
- 四天王寺大学
- 大阪医科薬科大学
- 大阪大谷大学
- 宇都宮共和大学
- 山陽小野田市立山口東京理科大学
- 岐阜協立大学
- 広島文教大学
- 愛知東邦大学
- 文化学園大学
- 日本国際学園大学
- 日本経済大学
- 旭川市立大学
- 明治国際医療大学
- 昭和大学
- 東京医科歯科大学
- 東京工業大学
- 東京純心大学
- 東京都市大学
- 東北医科薬科大学
- 東海学院大学
- 東都大学
- 柴田学園大学
- 神戸医療福祉大学
- 神戸親和大学
- 福知山公立大学
- 聖路加国際大学
- 至学館大学
- 藤田医科大学
- 足利大学
- 開智国際大学
- 高知県立大学
-
【大学ゼミ紹介】仮設トイレの「悪臭」を解決する イベント会場に行って実験も
■特集:大学の人気ゼミ・研究室 経営戦略を学ぶには、現場の人たちと一緒に、課題に向き合っていく姿勢が大切です。創価大...
2024/06/03
-
優れた先端技術を社会に広く普及・浸透させるためには研究開発そのもの以外のマネジメントが必要という視座に立脚し、経営学...
2023/05/15
調べて!編集部
-
神戸で大学生活、どんな感じ? バイトはスタジアム、自炊は?…学生に聞く
■この街で大学生活を送りたい! 山手と海側の距離が近く、港もあって古くから栄える国際都市・神戸。神戸市灘区に位置する...
2023/08/18
-
慶應義塾大学
現代を生きる私たちと『学問のすゝめ』櫻井翔さん × 伊藤公平(慶應義塾長) 【後編】
『学問のすゝめ』刊行150周年を記念して、慶應義塾長の伊藤公平が、スペシャルゲストと対談を行いました。予測困難な現代...
2023/05/15
-
-
おすすめ動画
大学発信の動画を紹介します。
大学一覧
NEWS
朝デジ教育最新ニュース
- 不登校につながる「起きられない」病 専門外来医師が語る対応策 2024年 12月 23日
- 学童の待機児童1万7千人超、高止まり 夏休み開所や新規参入支援へ 2024年 12月 23日
- 受験で実力を発揮する 3識者に聞いた睡眠、メンタル、食事のヒント 2024年 12月 23日
- 給食で誤嚥「教職員の認識不足」 小1男児死亡事故で調査委が報告書 2024年 12月 22日
- 給食にファミチキ無償提供 ファミマ「発祥の地」20億個販売の記念 2024年 12月 21日
Powered by 朝日新聞デジタル