【大学ゼミ紹介】公共政策を分析・評価する 卒業後はコンサル・金融業界などへ

2024/06/04

■特集:大学の人気ゼミ・研究室

年金や医療制度、少子高齢化、地方都市の衰退など、社会が直面するさまざまな問題を、国や自治体は税金を原資に解決を図ろうとします。社会にとって望ましい政策は何か、実際の政策に効果はあるのか。慶應義塾大学経済学部の寺井公子ゼミでは、経済理論をもとに、実際に行われている公共政策を分析・評価する手法を学んでいます。(写真=寺井公子研究会のメンバー/慶應義塾大学寺井公子研究会提供)

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■研究室データ■
慶應義塾大学経済学部
寺井公子研究会
研究分野:公共経済学・財政学・政治経済学
ゼミ生:30人(男26人:女4人)  (2024年4月時点)

ゼミ生の選考方法:面接と課題レポート
卒業後の進路:民間企業、大学院進学、国家・地方公務員など

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「政府が何をしているのか」

中高生にとって、公共政策や経済学は、複雑でわかりにくい分野かもしれません。しかし、私たちは個人では解決できない「公共の課題」の解決を、国や自治体に委ねて生活しており、だからこそ「もっと知りたい」と一歩を踏み出す学生もいます。

寺井公子研究会(以下、寺井ゼミ)に所属する藤井大地さん(経済学部4年)も、その一人です。
「僕は慶應義塾高校からの内部進学ですが、数学から逃げたくないという変なプライドがあり、経済学部に進みました。そして、2年の終わりに就職のことを意識してニュースを見るようになったものの、政府が何をしているのか、大枠しか理解できていない自分に危機感を覚えて、寺井教授のゼミで公共政策や経済の知識を深めたいと志望しました」

ゼミが始まる3年の春学期は、経済政策の教科書を読むことからスタートしました。学生は割り当てられた範囲を事前に読み込み、ゼミ生の前で解説します。

経済政策について学生向けにわかりやすく書かれている、ゼミで使う教科書(左)と、事前学習してきた教科書の内容を発表する学生(右)

一口に公共政策といっても、税や社会保障から医療、教育、環境、まちづくりなどさまざまです。寺井ゼミでは、学生自身が「面白い」と思ったテーマを選び、研究します。

3年次のハイライトは、毎年11月下旬に開催される三田祭での研究発表です。春学期の終盤に3班に分かれてそれぞれテーマを設定し、夏のゼミ合宿までに資料を集め、秋学期から執筆に取りかかります。

「以前から限界集落に興味があった」という藤井さんは、「地方都市はコンパクトシティを導入するべきか」というテーマに挑みました。

「コンパクトシティ」とは、人口減少を前提として、住まいや病院、交通などのインフラ機能を街中に集約する都市のことです。藤井さんは、まず班のメンバーと手分けして先行研究や文献を探ったうえで、そこに書かれている以外の方法で、自分たちに何ができるかを考えました。これは内容を真に理解していないと難しい作業で、藤井さんは「問題提起から結論までの導き方も文献から学びました」と話します。

ディスカッションの様子

「統計分析」の結果を受け止める

次に各自治体のデータを集め、統計分析ソフトを使って政策の効果を検証していきました。ここで大切なのは「自分の思い込みで評価しない」という点です。

寺井教授は、「もっといい社会にするためにどうすればいいかを考えるには、統計的手法で導かれた事実を、そのまま受け止めることが大事」と言います。藤井さんも「当初は都市交通をスマート化すれば、車の利用が減り、CO₂削減に寄与するという仮説を立てたのですが、実際に分析すると因果関係は見られなくて……。研究の方向を変えざるを得ず、とても苦労しました」と振り返ります。

夏のゼミ合宿での中間発表も、大切な機会です。多くの修正を求められ、それに対応したデータを秋学期に集めます。

データ分析に取り組む藤井さん(手前)。体育会ラグビー部でも活躍中

2023年の三田祭で、3年生が発表したテーマは「官民連携の水道事業の効率性」「道路投資と利益誘導――東日本大震災が与えた影響」など、インフラ投資に関するものが目立ちました。4年生が卒論で取り上げるテーマはさらに多様で、少子化対策を扱う学生もいれば、一票の格差をテーマにする学生、住宅政策に取り組む学生もいます。

藤井さんは「社会に対する漠然とした問題意識がゼミ活動を通して鮮明になり、理解が深まりました」と話します。課題に対する分析の手法や表現力も鍛えられ、結果として就職活動にも役立ちます。寺井ゼミ生の卒業後の進路は、コンサルやシンクタンク、金融、商社、ディベロッパーなど多岐にわたっています。

ゼミ仲間とともに成長

寺井教授が就活中の学生を見ていていつも感心することは、不採用などのマイナスな経験をしても、人を責めたりねたんだりするより、将来につながる経験として、ポジティブにとらえようとする学生が多いことです。
「自分の行きたかった就職先に他の学生が内定しても、うらやむのでなく、自分もこういう学生になりたい、いいところをまねしようと前向きにとらえます」(寺井教授)

寺井ゼミには、互いの個性を認め合い、自分の得意なことでゼミ活動に貢献しようとする雰囲気が醸成されています。
「僕は専門的な知識がないままゼミに入り、はじめは理解に至らない面もありましたが、発表や討論を重ねるうちに理解が深まっていきました。仲間との交流を通して人間的に成長できるのが、このゼミの最大の魅力だと思います」(藤井さん)

ゼミ合宿での中間発表。研究の進捗をみんなで共有

 

寺井公子教授からのメッセージ

分析よりも大事な「何が問題か」を見つける力

ゼミでは公共政策の分野を特定せず、学生が関心の高いテーマを研究します。どんな学問も根底ではつながっており、異なる分野でも分析の手法には共通点があります。

分析する力を身につけること以上に大事なのは、「何が問題なのか」を自分で見つけることです。今日学んだ問題解決の方法が、明日もそのまま当てはまることはあまりありません。次々と起こる新しい問題にいかに次世代の人が立ち向かえるようにするか。これは教育の重要な使命であり、その一歩となるのが、学生自身が問題を発見することと考えています。取り組むべき問題さえ見つかれば、今の学生は、情報を収集したり、柔軟な思考で解決策を思いついたりすることが上手ですから、安心して任せることができます。

23年のゼミ合宿は伊豆で実施。バレーボール大会では運動が得意な学生、声出しがうまい学生など、各々が個性を発揮した

ゼミでは代表のほか、ゼミ行事の企画係や卒業生との連絡係など、一人ひとりに役割があります。なかでも合宿係が中心となって夏休みに企画する2泊3日のゼミ合宿は特別な体験です。論文の中間発表のほか、スポーツやゲームなどレクリエーションを通してゼミ生同士の親睦が深まります。私が好きなバーベキューも毎年、合宿プランに盛り込んでもらっています。互いの個性を認め合い、それぞれが力を発揮できることが重要だと考えています。

寺井公子(てらい・きみこ)教授/東京大学大学院経済学研究科現代経済専攻博士課程修了。博士(経済学)。法政大学経営学部教授を経て、2012年から現職。専門は公共経済学、財政学、政治経済学。著書に『日本の公的医療保険とモラル・ハザード』(三菱経済研究所)、『高齢化の経済学-地方分権はシルバー民主主義を超えられるか』(有斐閣、アミハイ・グレーザー・宮里尚三との共著)など。

 

>>【特集】大学の人気ゼミ・研究室

(文=曽根牧子、写真=慶應義塾大学寺井公子研究会提供)

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