「年内入試」で合格、苦労する学生たち 大学で増える中高授業「学び直し」支援

2024/05/31

■令和の大学を考える

大学入試の方法が多様化しています。一般選抜ではなく、総合型選抜や学校推薦型選抜の「年内入試」が広がり、それらの選抜方法で入学する学生の中には、学力不足が指摘されることがあります。大学で、中高の授業内容を教える「学び直し」のサポート体制が整えられています。教育ジャーナリストの小林哲夫さんが解説します。(写真=Getty Images)

多くの大学で抱える課題

年内入試。

2020年代に入って、大学受験用語としてすっかり定着した。総合型選抜、学校推薦型選抜の合否判定は多くが年内に行われるため、「年内入試」と名づけられた。2023年度入試では、総合型選抜と学校推薦型選抜による入学者は、入学者全体の半数を超えた(総合型選抜+学校推薦型選抜+そのほか=約52%、一般選抜は約48%)。これは初めてのことだ。

総合型選抜は、書類や小論文、面接などで学力や意欲、大学が求める人物像と合っているかを測る。これまでの「AO入試」は、一部の大学で学力の評価が十分ではないとして、20年度からは文部科学省が学力評価を必須とするとともに、名称も変更した。

とはいっても、多くは一般選抜のように学力を厳しく問うわけではない。それよりも総合型選抜では、ある分野で突出した才能を持っている高校生がほしい。大学はキャンパスに多様性を求めたいからだ。

さまざまな才能や個性を持った学生がいれば授業は活性化し、キャンパスは盛り上がる。だが、このような学生の中には、大学での学びに苦労するケースが見られる。たとえば、①物理や化学は得意でも英語は大嫌いで成績はさっぱり、②工学分野でものづくりは大好きだが、数学の微分積分を理解していない、③経済学や社会学を勉強しているが、統計に必要な数学の基礎知識がおぼつかない、④そもそも高校で履修しなかった理系科目があってお手上げ――などだ。

多くの大学は、学生が学力不十分ゆえの、勉強や進路に対する悩みを抱えていることをわかっている。そして、彼らをサポートするための学習支援に力を入れる大学が増えている。高校、場合によっては中学までの教科をおさらいする、学び直しに力を入れるようになった。英語や数学の基礎知識をしっかり身につけるために、元高校教員が丁寧に教えることもある。大学の教養、専門の科目を理解するために必要な知識だからである。

「どこがわからないか、わからない」人も

学生支援を行っている大学をいくつか紹介しよう。神奈川大学の教育支援センターは学習相談の利用をこう呼びかけている。

「大学での学修の基礎となる『英語』『数学』『文章表現』について、教育経験の豊富な学習相談員(元高校教諭)が、無料で学びをサポートします! 主に高等学校までの学習に不安がある学生を対象としていますが、意欲的、主体的に自分の力を発展させたいという学生にも、状況に応じたアドバイスを行います。基礎学力を向上させたい、学修の理解をより深めたいなどの相談に経験豊かな学習相談員が対応します。授業や課題だけでなく、就活・検定・書類を書く際の文などお気軽にご利用ください!」(大学ウェブサイト)

東京工芸大学の学修支援センター(工学部)では、「基礎が身についていないと感じたとき」「授業でわからないことが出てきて困ったとき」「勉強のしかたがよくわからないとき」「さらに進んだことを勉強したいと思ったとき」に寄ってほしいと訴えている。同センターは、カフェのような気軽な雰囲気で、高校での教育経験が豊富な先生や大学院生などが、さまざまな質問や相談に応じている。オンラインで遠隔地からの問い合わせにも対応している。

工学部2年の利用者は「私が学修支援センターを利用し始めたのは、高校のときに習っていない数学の範囲を大学で習い始めたのがきっかけでした。授業でよく分からなかったところも、このセンターの先生は一対一で細かく教えてくれたので、大学の中にある塾のような感じで利用することができました」と感想を述べている(大学ウェブサイト)。

広島修道大学学習支援センターでは、「学生一人ひとりの学びをサポート」をモットーに、学習アドバイザーによる相談を行っている。学習アドバイザーはこう記している。「大学生になると、自分で様々なことに気を配り、自己管理しなければなりません。特に学習に関しては、大きな変化があるでしょう。そんな時だからこそ、学習についてわからないこと、気になることを学習支援センターで一緒に解決していきませんか。充実した大学生活を送るためにも、いつでもセンターで相談してみてください」(大学ウェブサイト)。スタディスキルや英語に関するワークショップを開いており、レポートの書き方や発表の仕方、英語の勉強方法などを教える。

明治大学学習支援室も学生の悩みを先取りするような形でサポートしている。

「学習支援室は皆さんの大学生活のなかの学習面をいろいろな形でサポートしてゆくところです。たとえば、『授業でわからないところがあるけれど、授業中に質問しにくいなあ』『宿題が出たけれど、わからなくて出来ないや』『どうやって勉強したらいいかわからない』『レポートを書く時のコツってあるのかな?』『こんな目標があるんだけど、それに向けての履習はどうしたらいい?』『図書館って、どんなふうに使うの?』 また、学習支援室以外での学習支援もご紹介します」

同大学では次のような支援も行っている。
*特別入試入学者への入学前教育の実施
*生田キャンパスにおける基礎科目の補習講義(フォローアップ講座)
*スポーツ特別入試入学者対象の語学授業の設置
*身体の機能に障がいのある学生への学習支援活動
(大学ウェブサイト)

工学院大学学習支援センターでは、基礎講座と個別指導がある。基礎講座では、大学で専門的な学習の前提となる基礎科目(数学、物理、化学、英語)を中心に、入学前に十分習得できなかった科目と大学の講義内容をつなげる授業を行う。個別指導では、未履修科目の補習、レポート作成のアドバイス、試験勉強のサポートなどで、一人ひとり(5人以下のグループでも対応)の疑問にとことん応える指導をしている。

同センターの講師が次のように励ましている。学生目線なのがいい。
「『ココを詳しく知りたい!』や『ココがわからない!』から『どこがわからないか、わからない!』まで、遠慮なくお尋ねください。理解できたと思える瞬間までとことんおつき合いします」(数学)
「理解の早さや深さには個人差があります。なので、すぐに分からなくても恥ずかしいことではありません。しかし、分からないままでは将来苦労するかもしれません。是非たくさんの疑問や質問を持ってきてください。一緒に考え、楽しく学んでいきましょう!」(物理)(大学ウェブサイト)

こうした学習支援センターで教えるレベルは、大学によって、というよりは、学生によってまちまちだ。難易度が高い大学であっても、学力不足で授業についていけない学生がいる。

学習支援は必須という現実

2010年代、大学の学習支援を揶揄するような報道があった。ある週刊誌がこんな見出しを掲げておもしろおかしく伝えた。「本当にあった『バカ田大学』 授業はアルファベットの書き方から」「『be動詞のおさらい』『小・中学校レベルの数学」…驚くべき授業内容」。当時、わたしはこうした大学の一つと親交があった。この大学の学長はこう説明してくれた。

「英語や数学が嫌いな学生は、中学時代のつまずきで先に進めなくなったことがわかった。それゆえ、中学時代からのやり直しの必要性を感じ、中学高校レベルの学習内容が記されたシラバスを作った。私たちはそれを正直にウェブサイトに公開した。同じような教育を行っている大学は表にしていない。でも、私たちは隠すようなことはしない、恥じていないからだ。私たちは、勉強嫌いになった状況を放置され続けた学生を受け入れ、高等教育を受ける意欲を取り戻させることまで請け負っている

立派な教育論である。

大学を揶揄するのは、「大学は~~であるべき」という、古びた見方によるものだ。1980年代に比べれば、全体的にいまの大学の学生は学力面で30年前、40年前よりも低くなった、と大学教員は異口同音に話す。それは間違いない。

なぜなら――。

2020年代、大学進学率は55%を超えている。1990年前後は20%台半ばで推移していた。1992年の18歳人口は約204万9000人で大学進学率が26.4%。2022年の18歳人口は約112万1000人で大学進学率は56.6%となっている。

少子化が急速に進む一方、大学進学率が上昇する。これが何を意味するのか。オブラートにつつんだ言い方をすれば、大学にはさまざまな能力や個性を持った学生が増えてにぎやかになった。教育現場からのリアルな報告をまじえて言えば、学生が授業についていけないなど、これまで大学に進まなかった学力不十分な学生が多くなった――のである。

したがって、いまの大学に合った教育、つまり、学生にもっとも適した教育を行うために、大学が学習支援に力を入れるのは当然である。必然と言っていい。

いまの大学の姿をきちんと見てほしい。学生の学力不十分な実情も知ってほしい。だからといって、いまの大学が悪い、ということではない。

少子化と進学率上昇で、令和のこれからも、キャンパスには学力面で不十分な学生が増えるだろう。その現実を受け止めて、学習支援をしっかり行う大学に注目してほしい。とくに総合型選抜で入学を考える受験生や保護者は、中学高校の学び直しにどれだけ力を入れているか、教員やアドバイザーがいかに学生をサポートしているかを大学選びの1つの基準にしてほしい。大学で中学高校の学び直しは、将来を見据えれば恥ずかしいことではない。

(文=小林哲夫)

>>【連載】令和の大学を考える

プロフィール
小林哲夫(こばやし・てつお)/1960年、神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。大学や教育にまつわる問題を雑誌、ウェブなどに執筆。『大学ランキング』(朝日新聞出版)編集統括。『日本の「学歴」 偏差値では見えない大学の姿』(朝日新聞出版・共著)ほか著書多数。

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