18世紀の入れ歯ってどんなもの? 歯を抜く浮世絵など、「医の博物館」で感じる医学の進歩

2025/01/31

日本歯科大学の新潟キャンパスには、洋の東西を問わず、古医書や昔の医療器具などを数多く所蔵する「医の博物館」があります。歯学のみならず、医学や薬学にも関連する史料の総数は約5000点。全て貴重な原本・実物ばかりです。博物館は一般にも公開されており、地域の小中学生なども毎年見学に来ます。歯科医師でもあり学芸員でもある副館長の佐藤利英教授に、設置の経緯や目的、珍しい展示品について聞きました。(写真=日本歯科大学・医の博物館、日本歯科大学提供)

医療全体の流れを感じる展示

日本で唯一の医学博物館である「医の博物館」は、1989年、日本歯科大学の新潟生命歯学部(新潟市)キャンパス内に開館しました。歯科大学の博物館なのに、なぜ「歯の博物館」ではなく「医の博物館」なのでしょう。同館の副館長を務める佐藤利英教授(新潟生命歯学部)は、その理由を次のように説明します。
展示しているのは歯学に関わるものだけではありません。例えば、小学校の教科書にも載っている杉田玄白の『解体新書』。これは日本で最初の解剖学の翻訳本ですが、本館ではその原本をはじめ、元となったドイツ語版やオランダ語版の原本も見ることができます。そのほかにも医学や薬学にまつわる史料を多く展示しており、15世紀から現在に至るまでの医療全体の流れを感じることができるようになっています。一般の方には『医学博物館』では堅すぎるので、『医の博物館』としました

常設展示されている「解体新書」の原本。史料提供や撮影など、メディアからの要望も多い

同大学が5000点にも及ぶ史料を集めることができた理由は、主に2つあります。一つは、1907年の設立以来の長い歴史があること。数多くの卒業生がいるからこそ、彼らの寄贈によってさまざまな史料が集まってきました。もう一つの理由として、欧米に留学した中原實名誉学長は、自身も洋画家として活躍。絵画のモチーフに浮世絵などを集めました。こうして収集された史料は、長く東京都千代田区の東京キャンパスで保管されていましたが、校舎の改築に合わせて新潟キャンパスへ運ばれ、「歯科医学史料室」に展示・保管されました。現在は学食の2階という入りやすい場所に「医の博物館」が設けられ、そこへ史料が移され、入場料無料で一般公開されています。

江戸時代のうがい茶碗

歯科医師による解説が聞けるかも

「解体新書」のほかにも、この博物館には興味深い展示がたくさんあります。歯科大学らしいものとしては、日本が発祥とされる入れ歯である「木床義歯(もくしょうぎし)」も展示されています。

世界的にも進んでいた日本の木床義歯。紅を使って適合をチェックしながら細かく削り、植物やサメの皮で磨き仕上げている(左:女性用、右:男性用)

「ヨーロッパでは、1700年代に総入れ歯が作られていたことがわかっています。ただ、これは歯がなくなって口周りがくぼんでしまうことを防ぐための装飾品で、上顎の義歯と下顎の義歯を奥の部分でスプリングにより連結したものでした。いわばカスタネットのような作りになっていて、食べ物を噛むことはできませんでした。日本ではすでに江戸時代に上顎に吸着するタイプの義歯が作られていました。蜜ろうで歯茎の型を取り、土台は木彫を得意とする仏師などがツゲなどの木を削って整えました。実物を見ると、前歯や奥歯にも異なる素材を使い、しっかり噛めるよう工夫されていたことがよくわかります」

こちらは18世紀のヨーロッパの象牙製義歯

また、庶民の生活を描いた浮世絵も見逃せません。すでに入れ歯が作られていたこと以外にも、人々が歯の問題とどう向き合っていたかがよくわかるからです。歯磨きをする女性の絵や、抜歯の様子をユーモラスに描いたもの、爪楊枝を使う人の絵もあります。これらの多くが、実際に使われていた道具と共に展示されているのもポイントです。現代の歯ブラシの代わりになっていたのは、柳などを柔らかく煮て先端を叩いた「房楊枝」。コップの代わりは「うがい茶碗」でした。また素材も希少な象牙製の18世紀にできた西洋の義歯なども見ることができます。

浮世絵(歯磨きの様子)(浮世四十八手 夜をふかして朝寝の手 渓斎英泉画 文政5年頃)

「房楊枝を『お箸みたい』と言う子どもや、『こんなもので歯が磨けるんですか』と驚く大人もいます。私自身、来館者の皆さんへの説明も楽しんでいます」

佐藤教授は、博物館を担当するにあたって学芸員資格を取得しており、歯学知識に基づく解説を聞くことができます。

房楊枝。現代の歯ブラシの役割を果たしていた

資料の宝庫

新潟キャンパスでは、毎年夏に小学生~高校生を対象とした「ハノシゴトフェスティバル」を開催し、歯科医師や歯科衛生士、歯科技工士の体験実習などを行って、歯科の仕事に興味を持ってもらえるようなイベントを行っています。そのイベントの一環として、博物館のミュージアムツアーも実施。2024年のツアーではクイズやスタンプラリーのほか、歯を削る際に使われていた19世紀の足踏みエンジンを動かしてみるという体験コーナーも設けました。

「ハノシゴトフェスティバル」のときの様子

「来館者は年間約4000人を数えていましたが、コロナ禍で大きく落ち込みました。徐々に回復してきていますが、35周年を迎えて、もっと発信の機会を増やし、出張講義なども行っていきたいと思っています。ここは研究者にとっては資料の宝庫であり、現役の学生にとっても貴重な学びの拠点です。実習で現在の器具を使いながら、『博物館で見た昔の器具を思い出した』と話してくれた学生もいました。医学の進歩の過程を肌で知っておくことは、歯科医師になってからの発想のヒントにもなるのではないでしょうか」

抜歯の様子を描いた浮世絵 3枚続き一部抜粋(きたいなめい医 難病療治 歌川国芳画 嘉永3年)

若い人に知ってほしいのは、医学や歯学が、先人の経験と知恵の上に成り立つ学問だということです。すぐに医療にアクセスできない時代、人々はどうしていたのか。そんな歴史や暮らしに思いを馳せることが、医の道を志す人にとって大切な経験になる――佐藤教授はそう考えています。大学受験に向かう高校生や保護者には、次のようなメッセージを送ります。

「医学系を目指す場合、受験を見据えて勉強を始めると、地歴を選択しない人は多いでしょう。しかし、過去の歴史を知っておくことは、きっと将来に役立つインスピレーションを生むはずです。実物を見て想像してみることで、参考書を読むだけでは得られないものを感じることができます。点数や評価に即座に結びつくものでなくとも、知的好奇心を育てていってほしいと思います

>>【連載】話題・トレンド

(文=鈴木絢子、写真=日本歯科大学提供)

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【写真】18世紀の入れ歯ってどんなもの? 歯を抜く浮世絵など、「医の博物館」で感じる医学の進歩

常設展示されている「解体新書」の原本。史料提供や撮影など、メディアからの要望も多い
常設展示されている「解体新書」の原本。史料提供や撮影など、メディアからの要望も多い

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