アニメ「機動戦士ガンダム」シリーズでは、宇宙空間で人類が快適に暮らす様子が描かれています。地球が抱える問題として、増加する人口や悪化する環境に対して警鐘を鳴らし、その解決のために、人類が宇宙へと移民を開始する「宇宙世紀」という新しい歴も生み出しました。ガンダムで描かれたその世界は、もはやアニメの中だけの話ではなくなっています。大学や企業の枠を超えた、宇宙空間で暮らすための挑戦が始まっています。(図=「GUNDAM UNIVERSAL CENTURY DEVELOPMENT ACTION(GUDA)」のイメージイラスト、バンダイナムコ研究所提供)
「ガンダム」から宇宙と地球を考える
バンダイナムコグループは2021年から、アニメ「ガンダム」シリーズを活用して持続可能な社会を実現する「GUNDAM UNIVERSAL CENTURY DEVELOPMENT ACTION」を実施しています。
その一環で立ち上げたのが、「ガンダムオープンイノベーション(以下、GOI)」というプロジェクトです。「ガンダム」の世界では、地球の環境悪化と人口増加を理由に、人々は宇宙空間にスペースコロニー(人工の居住空間)をつくり、多くがそこに移住しています。40年以上前に描かれたアニメの中での社会問題が、現実の大きな課題となりつつあります。宇宙で暮らす技術や要素について考えることは、宇宙開発はもちろん、現実社会のさまざまな課題に対する新しい発想や技術にもつながるはず。そうしたコンセプトのもと、すでに研究機関や企業を超えた研究が進められています。
複数の大学がプロジェクトに参加
GOIには複数の大学も参加しています。例えば、東北大学はGOIの複数のプロジェクトに参加しており、そのうちの「ビーム・サーベル~プラズマ農業プロジェクト」では、ガンダムに登場する架空の剣「ビーム・サーベル」を連想させる科学技術であるプラズマを空気中で維持し、植物の成長促進や免疫向上、減農薬栽培などに役立てようとしています。
国際医療福祉大学と大和大学は、宇宙での暮らしを実現するうえで重要になる3つの技術(居住空間の実現、快適な環境の制御、サステナブルな資源の循環)について研究する「TEAM SPACE LIFEプロジェクト」に参加しています。このうち国際医療福祉大学は、人類の宇宙進出に伴う医学環境の整備をテーマに、宇宙空間で人が病気になった場合などに医療がどのように寄り添っていけるかを研究しています。大和大学は、社会学部に設置した「SDG研究推進室」が主体となり、ガンダムの世界観を生かしながら、現実世界が抱える環境・エネルギーや都市問題などの課題に対して、学術的に貢献していくことを目指しています。
「スペースコロニー」が現実に
東京理科大学のスペースシステム創造研究センターも2022年からGOIに参加し、宇宙での生活環境の研究を進めています。同センターは、宇宙開発や宇宙環境利用に関する分野横断的な研究の場として2021年に設立されました。宇宙での生活環境に関する研究が「機動戦士ガンダム」の世界観と重なっていたことから、GOIへの参加が決まりました。
センター長の木村真一教授はこう語ります。
「ガンダムで描かれた『宇宙世紀』はもう始まっています。宇宙関連の技術は急速に進展しており、人類が月で生活したり、宇宙ステーションに観光に行ったりする時代が近づきつつあります。こうした時代にはロケットのような乗り物だけでなく、人類が宇宙で快適に暮らすための技術が求められます」
東京理科大学がNTTデータなどと取り組んでいる一つが、「TEAM SPACE LIFEプロジェクト」のなかの、プロジェクションマッピングを活用した住空間の拡張に関する研究です。
「宇宙ステーションなどの閉鎖的な環境に長期間いると、精神的にもストレスがかかります。そこで壁面などに空や地球の風景を投影することで、心理的な解放感を得られると考えました。現在は、どんな映像が最もストレス軽減に役立つかを研究しています」(木村教授)
「ガンダム」でも、スペースコロニーの内部に地球と同じような空が投影されていました。作品で描かれた技術が現実のものとなりつつあるのです。
もう一つの主要な研究は、宇宙の居住空間内でにおいや二酸化炭素の濃度などを計測する環境センサーの開発です。2025年には実際に国際宇宙ステーション内での実験も予定されています。
「宇宙ステーション内の空気は人が健康に暮らせるように人工的にコントロールされていますが、それでもにおいの問題や、場所によって二酸化炭素濃度に偏りが出る問題が存在します。最終的にはこれらを自在に調整できるようになるのが目的ですが、現在はまず、小型のセンサーで場所ごとのにおいや二酸化炭素濃度、湿度や気圧などを精密に計測する研究を進めています」(同)
地球でも役立つ、宇宙関連技術
こうした技術の開発は、宇宙だけでなく、地球上の私たちの暮らしにも応用できるものだと木村教授は強調します。たとえば映像の投影による空間の拡張や、閉鎖された空間内で空気を最適な状態に保つ技術は、コロナ禍の「巣ごもり」のような状況でも必要とされるものです。閉鎖的なオフィス空間や高齢者施設などでストレスなく過ごすためにも、応用が期待されるでしょう。
「TEAM SPACE LIFEプロジェクト」の一環として研究されている水や酸素などの限られた資源を循環させて再利用する技術なども、現在直面している地球環境問題の解決に役立ちます。
宇宙でも地球でも役に立つ技術を、多くの知恵を集めて共創できるGOIの魅力を、木村教授はこう語ります。
「たとえば環境センサーの研究には、空調設備の専門技術を持つ民間企業の高砂熱学工業にも参加してもらっています。異なる分野の専門家が協力することで、これまでにない発想が生まれやすくなります。また、科学技術を進めるうえで非常に重要なのが、どれだけの人がその技術に共感してくれるかという訴求力です。ガンダムというシンボルによって多くの人が『宇宙での暮らし』をイメージでき、そこに向けて頑張るモチベーションが生まれるのですから、大変有意義な取り組みだと感じています」
あらゆる分野が宇宙研究につながる
これから大学に進む若者たちが、宇宙関連の研究に関わっていく方法はあるのでしょうか。木村教授は「宇宙関連の分野を意識しすぎる必要はありません」と強調します。
「10~20年先には宇宙は特殊な環境ではなくなり、建築から薬学など、衣食住のあらゆる分野で宇宙への応用が必要になってくるでしょう。若い世代の皆さんがそれぞれ興味のあるジャンルで専門性を身につけたうえで、将来的に宇宙関係の研究にも関わることで、新しい発想が生まれてくるはずです」
東京理科大学では、将来の宇宙利用産業をリードする人材の育成にも力を入れています。2015年度から文部科学省の支援を受け、宇宙分野での人材育成プログラム「宇宙教育プログラム」を推進してきました。今年度は新たに「令和6年度宇宙航空科学技術推進委託費 宇宙航空専門人材育成プログラム」に申請し、提案課題「宇宙志向ビジネスを先導する人材を育てるBootcamp in 大分」が採択され、第4期(2024~2026年度)の宇宙教育プログラムを開始しました。全国から集まった高校生と大分県立国東高校の生徒たちが合宿を通じて、新たなミッションを開拓する力を身につけています。
例えば、飛行機の中で無重力を体験する「パラボリックフライト実験」では、実験内容の立案から実験装置の開発、結果の発表まですべて学生のチームで行っています。
木村教授はGOIについて、「さまざまなパートナーと連携する形ができつつあるので、この枠組みで現在の研究内容をさらに発展させていきたい」と意気込んでいます。
木村教授の言うように、宇宙開発はもはや、宇宙関連の研究をしてきた人だけのものではありません。あらゆる分野の人々が、こうした宇宙に関する取り組みに参加する機会が今後も増えていきそうです。幅広い研究が広がることで、「機動戦士ガンダム」で描かれた「宇宙世紀」が、リアルな世界になっていくのでしょう。
(文=小泉耕平)
【写真】「ガンダム」の宇宙生活を現実に 大学や企業が、地球を救うための挑戦を
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