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東京大学は9月、2025年度の学部入学者から、20年ぶりに授業料を値上げすることを決めました。その実情はどのようになっているのでしょうか。また、通っている学生たちはどのような反応を示しているのでしょうか。24年11月発売の朝日新書『限界の国立大学 法人化20年、何が最高学府を劣化させるのか?』(朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班著)から一部を抜粋して紹介します。また、取材班の増谷文生・朝日新聞論説委員が取材を振り返り、国立大学の学費について問題点を指摘します。
「東大は国からたくさんの予算を回されているはずなのに、なぜ授業料を値上げしなくてはならないほどお金に困っているのか」。そう感じる人は多いだろう。東京大学は、大阪大学に次いで国立大学で2番目に学生が多く、教員数は最も多い。このため常に、国から配分される運営費交付金の金額は最も多い。
世界の大学などと競い合っていくためには、最新の研究施設・設備を整備したり、国内外の優秀な教員や研究者を集めたりしなければならず、巨額の資金が必要となる。いずれ返済が必要になる大学債の発行にも限度があるうえ、光熱費の高騰で支出が年数十億円も増えている。このため、学生が直接恩恵を受ける教育環境の改善に回す予算が確保できないという。
東京大学が20年ぶりの値上げを検討する背景にはもう一つ、東大生には裕福な家庭の出身者が多いという事情がある。21年度に同大が実施した学生生活実態調査によると、世帯年収が950万円以上の学生は54%と半数を超える。高い学費を払って中学受験の塾で学ばせ、私立の中高一貫校などに通わせてきた世帯が多い。このため、学内には「授業料値上げの影響は限定的」との見方があった。
そうは言っても、東大には世帯年収450万円未満の学生も14%いる。24年の5月中旬にあった東京大学の学園祭「五月祭」で値上げ反対を訴えた学生の中には、授業料免除を受けている女性もおり、「東大生が全員、恵まれているわけではない」と訴えた。
女性によると、免除には成績などの要件があるため、「審査でいつ免除が打ち切られるかわからない不安がある」という。東京大学は値上げとセットで、授業料減免の対象を拡大する案を示していた。それでも女性は同じような要件が付けられることを心配し、「免除の枠を増やせば、値上げしてもいいという意見には反対」と憤った。
他の東大生の声も紹介したい。文系学部4年の女子学生は西日本出身で、現在は大学の近くで一人暮らしをしている。東京大学を選んだ理由の一つは、都心にあって学費が安いからだったという。同じ都内の国立大学である一橋大学は、受験生だった4年前には、すでに授業料の値上げを発表していた。
両親は共稼ぎだが、高校生の妹がいる。奨学金を受け取りたいが、所得制限にかかって対象外。もっと学びたいことがあり、大学院進学も考えている。だが、大学院の授業料も学部といっしょに値上げされれば、親にさらに負担をかけてしまう、と心配していた。
今でも、食費や交通費をできるだけ削る生活を続けている。一日中図書館にいる日は、1食は弁当を持参し、1食はコンビニのおにぎり一つにしている。それでも、研究のために図書館にない海外の本を取り寄せると、円安の影響もあって、月2万〜3万円はかかってしまうという。
東京大学には、裕福な家庭の学生が多いと感じてはいる。ただ学内の友人には、シングルマザーの家庭の学生や家族が生活保護を受けている学生、自分で学費を稼いでいる学生もいる。「大学が思っているほど、10万円をぽんと払える人は多くない。値上げをされたら、東大にいられなくなる人も出てしまう」。そう心配し、大学に値上げを考え直してもらおうと、苦しい学生の声を載せたフリーペーパーを友人らと作り、学内外で配った。
やはり文系学部4年の男子学生も、値上げに反対していた。北関東出身で、1浪して入学した。もし受験生の時に値上げされていたら、同じ選択ができていた自信はない。「わざわざ学費の高い東大を選べば、両親に対して後ろめたさを感じたと思う」と言う。
妹も一人暮らしで私立大学に通っている。実家の母は「普段の夕食はレトルトカレーで十分」と言っていた。「自分たちを大学に行かせるために食費を削っているんだ」と申し訳なさを感じている。アルバイトは不定期で、体調を崩して働けない時期もあった。物価の高騰もあり、2、3年前と比べて、節約しても生活費は上がっていると感じる。
東京大学を目指す受験生の中にも、家庭の経済的な事情で、あきらめざるを得ない人もいるのではないか、と心配する。
東京大学は9月、反対する学生や教職員の声もふまえ、25年度入学者から値上げするのは学部のみとすることを決めた。大学院については、修士課程は29年度から値上げし、博士課程は据え置くことにした。
男子学生は、今回の値上げで、イメージとしても実態としても、東京大学が「お金持ちしかいけない大学」になるのではと危機感を持っているという。東京大学が値上げすることで、ほかの大学が追随する可能性もある。「大学そのものが、お金がないと行けない場所になってしまう」と感じる。
(以上、『限界の国立大学』から抜粋)
値上げの元凶は国の支出削減
東大生は、裕福な世帯の出身者が多いのは事実です。今回、20年間我慢してきた授業料値上げに踏み切った背景には、「お金に困っている学生は少ないから、大きな抵抗は起きないだろう」と高をくくっていた節があります。一方で、東大生の少なくとも7人に1人は、家計が苦しい世帯の学生です。こうした学生やその友人たちが、値上げ反対の声を上げたのは自然なことだと思います。
ただ、東大だけを責めるのは酷だと私は思います。東大は、企業などから多くのお金を集めているとはいえ、世界と競い合うために研究施設などに莫大な支出をしています。
電気を大量に使う研究設備も多いため、節約には限界があります。本来は研究・教育を停滞させないために、国が補助金を増やすなどしてカバーすべきところです。個人的には、数十兆円とされる防衛費の増額分のごく一部でも大学向け予算に回していれば、授業料の値上げなどしなくても教育・研究環境の充実を図れるのに、と思ってしまいます。
私が大学に通っていた1990年代前半、大学進学率は25%程度でした。現在は58%まで上昇し、18歳の半分以上が4年制大学に進む時代です。これだけ大学生活を経験した人が増えたのに、国に教育予算の増額を求め、家計の学費負担を減らすよう求める運動は盛り上がりません。「教育費を出すのは親の役割」という意識が、日本では依然として強いようです。
しかし、世界に目を向けると、先進国の中でも日本は、国が大学や学生に配分する予算がかなり少ないのが現状です。その分、各国と比べて家計の教育費負担が大きくなっています。石油などの天然資源が少ない日本では、人こそが最大の資源と長く言われてきました。国民はもっと国の教育予算の「出し渋り」に怒って、返済不要の給付型奨学金や大学への補助金などを増やすよう、政府に、政治家に訴えていくべき時期にきていると思います。
(文・写真=増谷文生)
>>【後編】「私がラッキーだっただけ?」 奨学金を返済した朝日新聞記者が感じた、学費値上げの問題点
>>【前編】「どれだけお金ないのよ」と驚きの声 トイレ改修できず、“洋式待ち渋滞”が起きる国立大学の限界
『限界の国立大学 法人化20年、何が最高学府を劣化させるのか?』(朝日新聞出版)
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増谷文生/1971年栃木県出身。2005年から東京社会部で教育、主に大学関連の取材を断続的に担当。20年から教育担当の論説委員を兼務。

【写真】授業料値上げで限界の東大生 「大学はお金がないと行けない場所なのか?」
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