■話題・トレンド
東京大学の授業料値上げが話題となりましたが、日本の大学の学費については、課題が多くあります。2024年11月発売の朝日新書『限界の国立大学 法人化20年、何が最高学府を劣化させるのか?』(朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班著)で、多くの学生に取材した朝日新聞東京社会部・山本知佳記者は、自身も大学進学の際に貸与型奨学金を利用し、約10年かけて返済しました。自身の経験も交えて、学費や奨学金に対する考えを示します。
奨学金を4年間で300万円借りた
「大学そのものが、お金がないと行けない場所になってしまう」
取材中、東大の学生に言われた言葉が、今でも頭の中で繰り返し鳴っています。ちょうど、東大で授業料の値上げ方針が明らかになった頃です。
値上げに反対する、その学生の理由はこういったものです。地方出身できょうだいもいる中で進学し、親に負担をかけていることを自覚している。もし授業料が値上げされれば、同じ選択肢をとることができない人が出てきてもおかしくない――。その通りだと思いました。なぜなら私も、彼らと同じような経験をしていたから。
「奨学金を借りてくれないか」
高校3年生のとき、親からそう言われたことを覚えています。広島の片田舎で育ちました。父は会社員、母はパート、兄はすでに県外の大学に、一人暮らしをしながら通っていました。私の志望大学はすべて県外。子ども2人を一人暮らしで大学に通わせるには、余裕はそこまでなかったのだろうと思います。結局、月約6万円、総額で約300万円を借りました。
「自分たちが借りさせたのだから、親が返す」
卒業後の返済のための手続きを相談していたとき、こう言われました。でも、断りました。自分の進学のために使ったお金だから、自分で返すべきだと思ったから。就職してからの10年弱、コツコツ給与から返済を続けました。
通帳を見るたびに、毎月、「ニホンガクセイシエンキコウ」の文字が刻まれていきます。ありがたいことに、返済自体に苦心したことはありませんでした。それでも数年前に繰り上げで完済したあと、通帳の文字がなくなったことに、妙にほっとしたのを覚えています。
私の場合、実家から通える範囲に、学びたいことがある大学はありませんでした。地元の国立大学でさえ、通学に約2時間かかります。奨学金を借りることで、やりたいことを求めて県外の大学に進学できたし、家族も私を送り出すことができたのだろうと思います。大学で興味のあったことを勉強し、新しい友人に出会い、やりたかった仕事にも就けました。
でも、これって、私がただラッキーだっただけでは?
大学や奨学金に関する取材を続けてきて、そう思うようになりました。
私が卒業した私立大学の授業料は現在、通っていた当時からすでに数万円値上がりしています。私立なので施設設備費もあり、そちらも数万円上がっていました。今後の値上げを検討しているともいわれています。今の学費だったら、自分は通えただろうか。そんな不安が生まれます。
足りないなら、奨学金を借りればいいかもしれない。私も完済することができました。でも、安定した給与のある会社に就職できるとは、高校生の時点ではわかりません。友人はやりたい仕事をしていますが、身分は契約社員で薄給だと嘆いていたことがあります。働き出してから心身のバランスを崩して休職や転職をしていった人は、身近にも何人もいます。自分も体調を崩しかけたことがあります。コロナ禍で給与が減ったという人もいます。
借りる心理的ハードルも上がっているように感じます。返済が残っていて、結婚や出産に踏み切れない人の声は、これまでも何度も聞いてきたし、報じてきました。取材先で、「結婚したら、夫が奨学金の返済を抱えていてショックだった」と聞かされたこともあります。そのときは、奨学金って借りたらいけないものなのか、と自分がいけないことをしたような気持ちになりました。奨学金=借金という認識が当たり前になり、借りることに抵抗感が生まれているように思います。
地方出身者に対して、家から通える範囲の大学に行けばいいじゃないか、という人もいるかもしれません。でも、私と同じように学びたい大学がないかもしれない。家から一番近い大学が、通えない距離の人もいるでしょう。「学ぶ」ことが目的なら、どこでもいいとは言えません。
授業料の値上げは、学費を負担しようとしていた家計にとっても大打撃です。それまでコツコツ貯蓄をしてきても、直前で値上げされれば、対応しきれないこともあります。加えて物価高などは予想もつかない。最悪、進路を変えたり、進学自体を諦めたりすることにもつながりかねません。
授業料の値上げは、「払えないなら、選ばなければいい」という問題ではありません。若者の選択肢を狭めてしまうことになる。これまでの取材を通して、強くそう確信しています。
問題なのは、授業料の値上げが1大学だけの話にとどまらないことです。そもそも、国から国立大学に配られる資金が減っています。自力で稼ぐ改革を進めてきた大学もありますが、すべての大学が可能なわけではありません。経営が難しくなった大学が撤退していけば、なくなるのは人口の少ない地方の大学からです。余計、地方に住む高校生にとっては、高等教育の入り口が狭くなります。
なぜ、国から配られる資金が減ったのか。それは20年前の国立大学法人化とその後の政策によるものが大きいと、『限界の国立大学』にまとめました。国の大学政策は、けっして人ごとではありません。最終的には、若者の未来を縛っていくものになりかねない。そのことが多くの人に伝われば幸いです。
(文・写真=山本知佳)
『限界の国立大学 法人化20年、何が再最高学府を劣化させるのか?』(朝日新聞出版)
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>>【前編】「どれだけお金ないのよ」と驚きの声 トイレ改修できず、“洋式待ち渋滞”が起きる国立大学の限界
>>【中編】授業料値上げで限界の東大生 「大学はお金がないと行けない場所なのか?」
山本知佳/1991年広島県出身。名古屋報道センターなどを経て、2022年から東京社会部で教育取材を担当。主に文部科学省で大学や小中高などの教育行政を取材。
【写真】「私がラッキーだっただけ?」 奨学金を返済した朝日新聞記者が感じた、学費値上げの問題点
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