自らが受けた性暴力について語り、連帯する「#metoo(私も)」。米国ハリウッドに端を発するこの動きは世界中に広まり、日本にも変化を生んでいる。
BuzzFeed Japanもこの動きを後押しするため、「#metoo」に関連した記事を発信し続けている。その中で、「私も証言したい」と連絡をしてくる人もいる。
作家・ブロガーとして有名なはあちゅうさん(本名:伊藤春香)も、その一人だ。
大学卒業後、2009年に入社した大手広告代理店「電通」でセクハラやパワハラを受けたという。BuzzFeed Japanは、はあちゅうさんの証言を受け、複数の電通社員に話を聞き、はあちゅうさんが「加害者」と証言した男性にも取材をした。
その男性とは、岸勇希氏。
2004年に電通に入社し、その4年後に「コミュニケーションをデザインするための本」を出版。2014年には電通史上最年少でエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターに就任し、2017年に独立。株式会社「刻キタル」の代表取締役に就任している。
世界最大級の広告の祭典「カンヌライオンズ」で金賞をとるなど、国内外での受賞歴も多数ある広告業界で日本有数の人物だ。
はあちゅうさんは当時のことを忘れられずにいたという。最近、岸氏が新たな本を出版したことで露出が増え、その苦しさが蘇ってきたこと、#metooの動きがきっかけとなり、証言することを決意した、と話す。
以下、はあちゅうさんや電通社員らの証言、そして岸氏の回答を載せる。
「体も使えないのか?」
はあちゅうさんは2009年に慶應大学を卒業。同年、電通に入社した。中部支社に配属されたはあちゅうさんは、東京本社への異動を希望していた。
岸氏は当時、すでに本を出版し、業界で著名なクリエイター。新入社員だったはあちゅうさんにとっては、憧れる存在だった。「気にいってもらえたら、早く希望の場所にいけるかもしれないという思いがありました」
岸氏に異動に関する相談にも乗ってもらっていたはあちゅうさんが、これはハラスメントだと感じるようになったのは、中部支社から東京本社に配属が決まった2010年3月頃からだという。
「本社に異動した頃、岸さんから『今すぐ飲みの場所に来い。手ぶらで来るな。可愛い女も一緒に連れてこい。お前みたいな利用価値のない人間には人の紹介くらいしかやれることはない』などと言われるようになりました」
「深夜に『俺の家にこれから来い』とも言われました。当時、私は田町に住んでおり、彼の自宅は浜松町だったので、歩ける距離にありました。突然電話がかかってきて、どこで何をしていようと、寝ていても『今から来られないのか』と言われました。『寝ていました』と言うと、行かないでも許してくれることもありましたが、翌日、『お前はこの会社には向いていない。CDC(岸氏が所属していた部署)にきたら深夜対応も当たり前だぞ』と言われました」
呼び出される時間はまちまちだったという。夜10時のときもあれば、深夜1時のときも。岸氏が眠る朝方まで帰ることも許されず、月に1〜2回の頻度で自宅に誘われた。深夜だけに友人を連れて行くわけにもいかず、家に行くときは毎回1人だったという。
「自宅にいくと、黙って正座をさせられて、彼が作業をしているのを延々と横で見させられるか、彼の仕事の功績を聞いて、それを褒め続けたり、岸氏の嫌っている人を一緒にけなすなどさせられたりしました。そして、当時、岸氏は私の友人と付き合っていたのですが、『こうやってこの時間にお前が俺の家にいることを言ったらどう思うかな。お前が誘ってきたことにもできるからな』などと言われました」
「『俺に気に入られる絶好のチャンスなのに体も使えないわけ? その程度の覚悟でうちの会社入ったの? お前にそれだけの特技あるの? お前の特技が何か言ってみろ』と性的な関係を要求されました。『お前みたいな顔も体もタイプじゃない。胸がない、色気がない。俺のつきあってきた女に比べると、お前の顔面は著しく劣っているが、俺に気に入れられているだけで幸運だと思え』と」
「また当時の彼女とのセックスについて『あいつは下手だからもっとうまい女を紹介しろ。底辺の人間の知り合いは底辺だな。お前もセックス下手なんだろ。彼氏がかわいそうだ』などと言われました」
はあちゅうさん本人だけでなく、「平凡な家庭だからー。程度の低い人間と付き合うからー」などと家族や友人、パートナーの人格を否定する発言もあったという。
岸氏からのハラスメントから逃れたいと思ったはあちゅうさんは、岸氏の要求通り数名の友人を紹介した。「お前どうしてあんなしょうもない女紹介するんだよ。自分が何のために俺と知り合ったかなんもわかってないじゃないか。俺の偉大さちゃんと説明したの?」などと言われたこともあったという。
はあちゅうさんは当時、紹介した友人たちに対し、「今は心から申し訳ないと思っています」と話す。
岸氏からはソーシャルハラスメントもあったと証言する。
「私のブログやTwitterは『考えの浅い人間のアウトプットだ』と言われ続けました。特にTwitterは、岸氏のツイートをいち早くリツイートしないと『お前なんでまだリツイートしてないの?』と言われたり、ほかのクリエイターの記事をツイートすると『お前なんであんな記事をツイートしているの』と言われたりしました」
「広告業界では生きていけなくなるぞ」
はあちゅうさんは限界に達し、岸氏との連絡を断つことにした。そう伝えると、岸氏からは「広告業界では生きていけなくなるぞ」などと脅されたという。
2011年11月、はあちゅうさんは2年6カ月務めた電通を退職。PR会社に転職した。
しかし、岸氏の嫌がらせは退職後も続いたという。
「転職後、電通主催のリクルートイベントに登壇のオファーがありました。しかし、人事に岸氏から、『会社のオフィシャルに、はあちゅうなんか呼ぶな。あいつはどうしようもない女だ』のようなメールがあったと聞きました。関係を断ったことで、退職した後も妨害や嫌がらせは続きました」
その後、岸氏から、はあちゅうさんへの連絡はなかった。しかし、BuzzFeed Newsが関係者への取材を始めた頃、はあちゅうさんに対し、以下のような謝罪文が急にFacebookメッセンジャーで届いている。
当時自分がとても理不尽なことをし、嫌な思いをさせた、とても苦しめたことを、お詫びしたくて連絡しました。本当にごめんなさい。当時の自分には自分なりの理由があったのだけど、それ自体が稚拙で傲慢で愚かな考え方だと改めて思い、深く反省しています。(一部抜粋、原文ママ)
「俺は愛で言っている」本人も自覚があったのでは
はあちゅうさんは、岸氏も “悪いこと”をしている自覚はあったのではないかと話す。
「『俺は愛で言っている』とすごく言ってました。『全員にこんなことをしているわけではない。お前には愛があるから指導している。どうでもいいやつはどうでもいい。お前はどうでも良くないから睡眠時間を削ってわざわざ電話しているのだ』と。そう言われると彼なりの可愛がりなのかと思ってしまうところもあって、どうしたら良いかわかりませんでした」
「一度、会社に言いますよと言ったら『会社がどちらを信じるかわかるか? 信じてもらえるわけないだろ』と言われ、悪いことをしている自覚はあるのだと感じました」
現役社員たちの証言
はあちゅうさんの証言について、BuzzFeed Newsは複数の電通社員に取材をした。
はあちゅうさんのように、実名で証言する人を見つけることはできなかった。「岸さんのセクハラやパワハラの話は知っている。だが、取材には答えられない」と言って、証言を断る人もいた。
そんな中で、数人が匿名を条件に証言をしてくれた。彼らは岸氏のセクハラ・パワハラの被害は、はあちゅうさんに止まらず、広く知られていたという。
ある男性社員は「いつかは表に出ないといけないことでした」と語った。
こういう証言もあった。
「インターン担当を岸氏がやっている年があったのですが、ある女子大生のインターンが終わり、内定を受けたあと、岸氏から『家に来ないか?』と電話があったようです。入社前の学生はどこに配属されるか不安です。岸氏はそれなりの立場がある人物なので、彼がキャスティングボートを握っているのではないかと思ってしまうのも無理はないです」
これだけでなく、別の年にはカンヌライオンズに当時インターンの女子大生を連れて行き、問題になったという。
これらの岸氏の行動は、人事やハラスメントの関係部署でも知られていたようだ。
はあちゅうさんは、退社後に岸氏のハラスメントについて相談するメールを複数の電通社員に送っている。
ハラスメント関係部署の担当者からの返信には、これらの女性問題について「聞いている」と記されていた。また、対応が不十分だったことへの謝罪の言葉もあった。
岸氏が回答「彼女への謝罪の気持ちがあります」
BuzzFeed Newsは12月13日、岸氏が経営する刻キタルを訪問し、本人は不在だったが、質問状を提出した。15日、二度目の訪問で岸氏本人と対面し、「書面で回答する」との返事があった。
岸氏は16日午後5時55分、「Buzz Feed様からの取材について」との見出しでBuzzFeed Newsの質問状とその回答をネット公開した。公開に関して、BuzzFeedへの事前の連絡はなかった。
「経緯と反省」という書き出しから始まっている回答。
「ショックを受けましたが、まず彼女への謝罪の気持ちがありますし、当時自分がしたことが理不尽であったという認識が今はありますので、きちんとご回答すべきだと思いました」
謝罪した上で、はあちゅうさんが証言するハラスメントに「事実と、事実ではないものが混在している」という内容だった。
以下、岸氏の回答を載せる(回答は原文ママ)。
●電通在籍時代に、セクハラ、パワハラをしていたという認識はあるか。
彼女を傷つけたことを現時点では強く認識しております。現時点ではと書かせて頂いた理由は、当時は(8年前だと思いますが)、私の認識や理解が未熟で、後輩への指導とハラスメントの境界が、正しく認識できていなかった為です。
ここ数年、自分がハラスメントや差別問題に興味を持ち、学んでいく過程で、自分が過去に人を傷つけていたことに気づきました。今頃にしか気づけなかったことは、大変恥ずべきであり、情けなく、ただただ申し訳なく思っております。今更ではありますが、自分の言葉でお詫びをすべきだと考え、Facebookのメッセンジャーで謝罪をした次第です。
●交際関係にない男性社員が相手の意に反して、女性社員を自宅に呼び出すことは問題行為であるという認識はあったか。
8年前のことで、全ての詳細を記憶できていませんが、少なくとも「深夜の呼び出し」は事実です。ただ、それに至る前後の文脈については、補足をさせて下さい。
また「性的な関係を要求したこと」に関しては、否定をさせて頂きます。
当時私は管理職ではなく、彼女とは所属部署も違っていたので、基本その方との関係は、直接的な部下や、直接仕事をする間柄ではありませんでした。仕事のノウハウや企画書の書き方をアドバイスする、先輩後輩の関係でした。彼女の配属が決まった日に、私の席まで来て(それが初対面)、アドバイスをしてほしいと依頼を受けたのが知り合うきっかけだったと記憶しております。
そもそもここは大きな反省点ですが、当時私は自宅を仕事場としても使っておりました。スタッフを招いて、夜な夜な仕事を完成させるということ自体は頻繁に行っておりました。彼女へのアドバイスも、部署も異なり、一緒に行っている仕事ではなかったこともあり、私の都合で自分の仕事が終わる深夜に、私の家で行うことが何度かあったと記憶しています。また仕事の完成度を妥協させないため、明け方まで企画作業を続けたことはあったと思います。当時は自分にも他人にも心血を注ぎ、仕事の質を高めることが何よりも重要で、本人のためになると私が一方的に考えており、それを押し付けていた行為であったと深く反省しております。
また知り合って時間が経つにつれ、私が彼女のことを、後輩というよりは友人のように認識していたことは否定できず、仕事以外にも友人として家に招いたことも、少なからずあったように思います。彼女にとって私は先輩であったことを考えると、家に招くこと自体も、彼女にとっては大きな心理負荷であったと、ただただ深く反省しております。
いずれにせよ働き方の観点からも、何より交際関係にない異性を深夜に家に呼びつけることも、極めて非常識であり、不適切だったと猛省しております。
●Facebookメッセンジャーで謝罪文を送っている。具体的にどのような行為に対しての謝罪なのか。
Facebookメッセンジャーでの謝罪については、前述のとおり、自分が彼女を傷つけていたと認識した以上、謝るべきだと思ったから他ありません。
謝罪の対象についてですが、特定の事象に対してということではなく、彼女がこの件について、8年経った今でも、不快に思い、苦しめていることを認識したことに対してのものとなります。ただ特に、彼女が選択したキャリア・プロセスが、それまで私が彼女に指導してきた方向性と異なるものだったことに対して、私が憤り、以降彼女とのコミュニケーションを断絶したことについては、私がただただ未熟で稚拙だったゆえの行為であり、彼女を追いこみ、深く傷つけたことだと、謝罪したいと考えております。
当時の私が、彼女のスキルアップを真剣に考えていたのは本当ですが、必要以上に憤り、威圧的な言葉をぶつけたことは事実であり、思い返し反省しております。
8年もかかってしまいましたが、お詫びのメッセージを送った次第です。
●人格を否定するような行為、発言はあったか。
議論や指導において白熱して、威圧的な発言や追い込む言動をしてしまうことは少なからずあったと認めます。傷つけた方にお詫びできるのであれば、直接謝罪させて頂きたいと考えております。
●電通主催のリクルートイベントに、(はあちゅうさんへ)登壇のオファーがあった。それについて人事局に対し、登壇をやめさせるようなメールを送ったのか。
「登壇をやめさせるよう相談した」ことは事実です。ただしこれは明確に理由があります。
当時、彼女が電通退職後に勤めていた会社は、この時ちょうど、ステルスマーケティング(お金を払って人を並ばせた)の類で、何度か炎上騒ぎを起こしておりました。当時私はWOM協議会というクチコミマーケティングのガイドラインの策定に携わっており、やらせや、ステマを防ぐための、全社共通の決まりを制作しておりました。そのような状況でしたので、遵守を呼びかける立場の会社が、ステマで炎上している企業の人間を、リクルーティング活動で登壇させることは不適切ではないかと考え、その点を人事局に申し出たという経緯になります。当時この議論、プロセスについては、私だけではなく上長を含め、周囲の人間と相談しながら行っております。
後日人事局の担当者から、「ステマで炎上しているのは事実だが、彼女が勤めている会社もWOM協議会に参加しており、ガイドラインの遵守を認識しているので、問題はない」との見解があり、私もこの要請を取り下げ、実際に彼女が登壇される結果になりました。
●当時、大学生だったインターンをカンヌ国際広告祭まで連れて行き、社内で問題視されたとの証言がある。これは事実か。
カンヌ現地で、セミナーやイベントに一緒に参加した大学生はいます。ただし、「カンヌ国際広告祭まで連れていき、」とありますが、明確に私は連れていっておりません。彼女は学生コンペに熱心に参加しており、自身の勉強のため自費で、自分でカンヌまで来られていました。
(回答は以上)
「深夜の呼び出しは事実」「性的関係を要求したことはない」
岸氏は回答の中で、以下の点などを認めている。
- 「少なくとも『深夜の呼び出し』は事実です」
- 「彼女を傷つけたことを現時点では強く認識しております」
- 「威圧的な発言や追い込む言動をしてしまうことは少なからずあったと認めます」
一方で、以下の点などは否定した。
- 「(性的な関係の要求)は否定をさせて頂きます」
- 「(カンヌにインターンを)連れていっておりません」
また、はあちゅうさんがイベントに登壇することを妨害したという件については、はあちゅうさんへの嫌がらせではなく、別の理由だったと説明している。
岸氏は自らの行為ではあちゅうさんやその他の人たちを傷つけたことは認めており、回答の最後を以下のように締めくくっている。
「繰り返しですが、彼女を傷つけ辛い思いをさせたこと、今日まできちんと謝罪できなかったことを、ただただ申し訳なく悔やんでおります。傷つけた方に心から謝罪致します。本当に申し訳ありませんでした」
回答をみて、はあちゅうさんの反論
岸氏の回答を受けて、BuzzFeed Newsは改めて、はあちゅうさんに話を聞いた。
まず、岸氏の回答の中で、性的関係の要求を否定している点について、「体も使えないのか?」などの性的な発言があったことを繰り返した上で、こう述べた。
「部屋のワークスペースにはベッドもあり、なぜかパジャマ姿で出迎えるときもあった。そもそも一緒に仕事をしていないにも関わらず、私だけ部屋に呼び出したのはなぜなのかわかりません」
さらに登壇妨害について、「当時、彼女が電通退職後に勤めていた会社は、この時ちょうど、ステルスマーケティングの類で、何度か炎上騒ぎを起こしておりました」(岸氏)との説明に対しては、炎上騒ぎは、はあちゅう氏の入社前のことであり、時期が異なることを指摘した。
その上で、次のように話す。
「BuzzFeedさんへの通達なしに先手を打つかたちで岸さんがご自身のメディアで文章を公開したことに関しては、謝罪よりも保身の意図を強く感じ、非常に残念に思っています。岸さんに対しては、特にお伝えしたいことはありません」
「ただ、こういった文章が一方的に公開されたことで、当事者同士で、すでに片が付いたことだと傍目に認識されるのであれば、これほど悲しいことはありません」
「岸さんの文章は、数年に渡るセクハラ・パワハラがまるで友人、先輩としての立ち位置からの行き違いであったかのように印象を操作するような表現でしたが、実際に私が体験したこととはかけ離れています」
「今回、自分の今後の活動や人間関係への影響も考えたうえでこの件を実名で明るみに出そうと思ったのは、こういった方が業界で権力を持ち続けることで、人知れず泣き寝入りする女性が私以外にこれ以上増えないでほしいという思いからです。不正なことを正す動きが世の中に広がることを心から願っています」
電通の対応は
2015年10月に過労自殺した高橋まつりさん(当時24)。高橋さんは亡くなる前、Twitterにセクハラ・パワハラがあったとも思える内容を投稿していた。
「私の仕事や名前には価値がないのに、若い女の子だから手伝ってもらえた仕事。聞いてもらえた悩み。許してもらえたミス。程度の差はあれど、見返りを要求されるのは避けて通れないんだと知る」
「男性上司から女子力がないと言われる、笑いを取るためのいじりだとしても我慢の限界である」
セクハラ・パワハラに甘い企業体質があるのではないかという批判は、この時にも出た。ただ、BuzzFeed Newsに証言した社員の中には「電通は変わってきている」という声もあった。
今年春にある局長が度重なるセクハラとパワハラで専任部長(役職最下位)に降格する人事があった。局長から専任部長まで下がるのは異例だ。
外部機関に相談する窓口が設置されたり、インフォメーションが流れたり、以前に比べてセクハラ・パワハラを相談しやすい環境になったとある女性社員は話す。
告発は社内だけでなく、クライアントやプロダクションからもあがっているという。
しかし、また別の社員はこうも話す。
「降格処分はされるが、謹慎はないのか。懲戒はないのかと思ってしまう。セクハラ、パワハラをした人物に対して処罰が甘いのは事実です」
はあちゅうさんも岸氏もすでに、電通を退職している。しかし、セクハラ・パワハラの疑いは電通在籍時にあった。
BuzzFeed Newsは電通に「セクハラやパワハラがあったか認識していたか」「男性社員が相手の意に反して、女性社員を自宅に呼び出すことは問題行為であると認識しているか」などの回答を求めた。
12月14日、広報部名義で以下の回答があった。
①岸氏は既に退職しているので、電通で答える立場にありません。
②社員に関することは、個人情報であり、社として一切申し上げられません。
今後もセクハラ、パワハラに関しては厳しく指導してまいります。
セクハラ・パワハラは業界全体の問題
ハリウッドの敏腕プロデューサー、ワインスタイン氏はその地位と権力を利用し、仕返しを恐れた女性たちは長く声を上げられなかった。
電通の男性社員からは、次のような証言もあった。
「広告業界はクリエイター信仰が強いです。岸氏が飛び切り目立っているだけで、スタークリエイターのパワハラやセクハラの噂なんて掃いて捨てるほどあります」
「テレビ局なんかもそうだと思いますが、人が資本の会社は異動や配属も人によるところが大きいので、セクハラに逆らいにくい環境があります。それを利用する悪い男がたくさんおり、一方でそれを積極的に利用する女性もいます」
この男性は「電通のような代理店は加害者にもなり、被害者にもなり得る。業界全体の問題だ」とも指摘する。
「例えば、テレビ局の偉い人が電通の若いテレビ局担当にセクハラをする。クライアントの偉い人が電通の若い営業にセクハラをする事例もあります。代理店も人によっては加害者であり、また被害者になってしまう場合もあります。ハリウッド同様、マスコミ業界全体の問題なのです」
「#metoo」の動きについて
世界に広がる「#metoo」の動きについて、はあちゅうさんはこう話していた。
「背中を押された気持ちになりました。岸さんのセクハラの話はもともと公に公表する勇気がなく、友人への個人的な相談のつもりでした。その方が『この話は公にするべきだ』とBuzzFeedさんをご紹介いただきました。ご紹介いただいた時点では、公表することで負う傷は、彼よりも私のほうが深いと思い、勇気が出ませんでした」
「何の後ろ盾もないフリーランスの私が、こういったことを訴えると、普段お仕事をしている相手にも迷惑をかけてしまうし、まるで復讐をしているみたいで、パブリックな印象も悪くなる。また、私の書いている本やコラムもまっすぐな気持ちで受け止めてもらえなくなる可能性もあるし、最悪、お仕事もなくなるだろうと思って迷いました」
「けれど、#metooのハッシュタグを見て、『これは私が受けてきたことと同じだ』と思えるストーリーをいくつも見つけ、みんな同じように苦しんでいて、みんな勇気を出しているのだから、自分が公表することで、今苦しんでいる誰かが『私も公表しよう』と思ってくれるのではないかと思いました」
いま性的被害に悩んでいる人に向けて
最後にいまハラスメントを受け、悩んでいる人に向けて、はあちゅうさんはこう語る。
「私の場合、自分が受けていた被害を我慢し、1人で克服しようとすることで、セクハラやパワハラ被害のニュースを見ても『あれくらいで告発していいんだ…私はもっと我慢したのに…私のほうがひどいことをされていたのに…』と、本来手をとってそういうものに立ち向かっていかなければならない被害者仲間を疎ましく思ってしまうほどに心が歪んでしまっていました」
「けれど、立ち向かわなければいけない先は、加害者であり、また、その先にあるそういうものを許容している社会です。私は自分の経験を話すことで、他の人の被害を受け入れ、みんなで、こういった理不尽と戦いたいと思っています」
「私はこうやって声をあげるまでに、7年かかってしまいましたし、その間、ずっと『彼のことを許せない私が悪い』『忘れられない私が人間的に未熟なのだ』と自分を責め続けていました。BuzzFeedの記者さんに話を聞いてもらい、『それはセクハラであり、パワハラでもあります』と言ってもらえて、やっと心が楽になりました。これからはちゃんとした視点で世の中が見られるようになると思います。自分が我慢すればいいと思うと、他の人の苦しさも受け入れられなくなってしまいます。『私は我慢していたのだから、みんなも我慢すればいいのに』と私のように心が歪んでしまう前に、どうか、身近な誰かに相談してみてください」
「こういう訴えをした私が、この後どうなるのか。恐れていたように、印象が悪くなって仕事がなくなったり、面倒な人扱いされてしまうこともあるのかもしれませんが、捨て身の必死の訴えが、届く人に届けば、少しでも世の中が良い方向に変わってくれるかもしれません。そう願っています」