ミニレビュー
“中学生も買える”約2,480円で本物の音を! final「E1000」の衝撃
2018年12月18日 08:00
2018年10月27日、中野サンプラザ。「秋のヘッドフォン祭2018」で“事件”は起こった。川崎に本拠を構えるS’NEXTのオーディオブランド・finalが、イヤフォンの新エントリーモデル「E1000」を発表したのだ。実売2,480円前後。中学生のお小遣いでもそんなに頑張らず買える、正真正銘のエントリー機である。
ソニーやパナソニックなどの世界企業から100円均一ショップまで、今どき安いイヤフォンは様々販売されている。だがE1000はこれらと違い、少なくないオーディオマニアが思わず唸るレベルで音楽を聴かせる。安いだけでも、キャッチーなだけもなく、音楽に真正面から向き合える。「イヤフォン業界はここまで懐が深くなったか」そう深く感じ入る製品だ。
中学生のお小遣いに挑め!
1970年代のレコード用カートリッジ生産をルーツに持つ同社は、2009年に自社ブランド“final audio design”を立ち上げる。「Triple.fi 10 pro」(通称テンプロ)や「SE 535」など、5万円ほどのBA型マルチドライバーモデルがハイエンドを張っていた時代に、ブランド初のクロム銅イヤフォン「FI-DC1601SC」は20万円という価格で業界を驚かせた。
ヘッドフォンのフラッグシップ「PANDORA X(現・SONOROUS X)」ではアルミとステンレスの削り出し筐体を採用し、60万円オーバーの凄まじい価格で挑戦。2014年にブランド名をfinalへ変更し、深いこだわりと重厚なものづくりで知られてゆく。
“20万円の衝撃”を残した一方で、finalはエントリークラスにもアプローチを続けてきた。2010年にはフラッグシップ機と“ほぼ同等”のドライバーを採用しながら、実売3,200円程に抑えたイヤフォン「PIANO FORTE II」を発表。その後も実売4,000円弱の「Adagio II」や「E2000」を市場に投入している。
そんなある日、オーディオファンの中学生から同社にメールが届く。「“お手軽で音の良いイヤフォン”としてE2000を友人に勧めたら『高すぎて手が出ない』と言われた」そうだ。
社会人と違い、月のお小遣いが2,000円程の中学生には、数カ月分の収入に匹敵する4,000円は “高値の華”だ。この一件で社長の細尾満氏は「自分達が考えていたエントリーとも違う世界に気付かされた」という。“若い音楽好きのための製品を”という細尾氏の信念から、E1000のプロジェクトはスタートした。
高精度なドライバー搭載。パッケージにもこだわり
E1000の筐体は上位モデルで用いられている金属素材ではなく、成形が比較的容易なABS樹脂を採用。コストダウンと同時に、素材の利点を活かしてブルー/レッド/ブラックのカラーバリエーションを揃えた。
形状は上位モデル譲りだが、E5000/4000のようなリケーブルも、E3000/2000のような背面のパンチング孔も非採用。それでも「実際に音を発するパーツなので、特にお金をかけた」という6.4mmのドライバーは、同クラスでは異例なほど高精度な組み上げだという。ケーブルは柔らかめで被覆の厚いOFC線を使い、音質と断線リスクの低減を両立している。入力端子はステレオミニで、長さは1.2m。
“子供だまし”で、子どもは騙せない。この姿勢はパッケージにも。他社エントリーモデルではプラスチックでガッチリ包んだブリスターパッケージが多用されるが、E1000はE5000などの上位モデルと同じ紙箱パッケージを採用。付属品のイヤーピースも、耳孔の傾きに追従する同社オリジナルの「スイングフィット」を、5サイズすべて同梱する。ピースは直販サイトで1サイズ840円で販売されているので、これだけでもお買い得だ。ピースの軸で左右が見分けられるよう色分けされているのも、実用的で嬉しい。
ずっと聴かせるバランスの上に、エネルギー感あふれる音楽が躍動
Questyle(クエスタイル)のプレーヤー「QP2R」で聴く音の方向性は、これみよがしな強調を排した落ち着きのあるトーンだった。基本的に“finalの音”、そこに低音へ程よいパワーが与えられ、音楽が持つワクワク感をグッとドライブする。低音を売りにするイヤフォンは数あれど、音楽のバランス感覚を保つものは意外と少ない。エントリー機のE1000がそれを満たすことこそ、イヤフォンにおける“事件”だ。
「イーグルス/ホテルカリフォルニア」では、気持ちモリッとした量感のあるベースと、全体的にウォームながら音の角はパリッと立つというバランスの良さに気付かされる。発音への反応が良く、演奏の中で声がスッと通り、歌詞がとても聴き取りやすい。楽器にしてもエレキとアコースティックの両ギターは煌めきが心地良く、アウトロのエレキもクッと前に出て主役が手に取るように判る。
「ビル・エヴァンス/Waltz for Debby」で聴いたジャズは、ピアノの発音が多いと若干団子っぽくなるし、ヴァイオリニスト・ヒラリー・ハーンの「バッハ・ヴァイオリン協奏曲第1番」で試したクラシックは、通奏低音のチェンバロなどにもう一歩のクリアさを要求したい。
それでも両者共にソロはとてもスッキリしていてプレイヤーが際立つ。なるほど「ポップス多めで開発した」と細尾氏が言うチューニング意図がよく解る音だ。Waltz for Debbyのダブルベースも、バッハのチェンバロも、程よくまろやかで落ち着いている。ヴァイオリンはよく伸びつつ嫌みが無いし、音場は厚くリッチだ。抑揚もキッチリと奏じ分けられ、クレッシェンド・ディミヌエンドの雰囲気がとても良い。
もっとも、これは10万円超えのプレイヤーとハイレゾ音源の評価。では“中学生が無理なく用意できそうな環境”ならばどうか、定額聴き放題サービスのAmazon Music Unlimitedを聴いてみた。
プレーヤーは普段使いのスマホ「iPhone SE 64GB」。開発時に競合として想定したというAppleの「EarPods」(iPhone SEの付属有線イヤフォン)とも比較した。
EarPodsは一聴すると悪くないが、少し耳を傾けると“響の深さ”の決定的な欠落に気付く。鳴るべきハズの細かい音が鳴らないし、同じ演奏でも狭い部屋でがなり立てる“うるさい音楽”になる。同じ音圧(聴こえ方として同じ音量)ならば、EarPodsの音楽は明らかに薄っぺらい。
2018年のJ-Popトップシンガーのひとり、西野カナの「Bedtime」で聴き比べてみよう。EarPodsでは、まるで“壁の向こう”で歌っているかと思うが、E1000で聴くと西野カナが“壁のこっち側”に来てくれたかのようにググッと出てくる。バンドの演奏も、EarPodsだとシンバルやウィンドチャイムなどはシャリシャリと軽く、ベースラインやストリングセクションなどにはインパクトが無い。
E1000では、ギターのリフに存在感が出てちゃんと合いの手が入っているし、ドラムもかなり身が詰まった。同じ音楽を聴いても音楽体験はまるで別モノで、楽曲をより近くに感じる。
それでも高音のシャリシャリ具合は耳につく。ベースだってEarPodsと比べれば厚くなったが、響きの空虚さは如何ともし難い。音量を下げればモゴモゴし、ある程度上げればうるさい。この辺は録音とAAC圧縮音源の限界だろう。定額聴き放題の圧縮音源でも、音の良し悪しがハッキリ判る。E1000はちゃんとそこまで“演奏してくれる”のである。
子どもから大人まで、音質がもたらす音楽の喜びを
「飽きるほど聴いたはずの音楽が、機材を換えると聴いたことの無い一面を見せる」オーディオ好きならば1度は遭遇したことがあるだろう。E1000はまさに、そういうオーディオの歓びへ誘うために生み出された。同時に、派手な音の色付けを避け、オーディオの原体験として長く愛用してもらえるよう設計されたイヤフォンでもある。
余談だが “旧ローエンドモデル”のE2000と比べると、パワー感はE1000に譲り、音の繊細さ・滑らかさはE2000に軍配。ギタリストがエフェクターで音を歪ませるのと同じで、楽曲によってはこれが“パワー感”と感じるだろう。
誤解を恐れずに言うと、E1000は「軽く加工した元気なビタミンサウンド」、E2000は「派手さを抑えたナチュラルサウンド」と言ったところか。パワーと質感はどちらも譲れないならば是非両方のイヤフォンを揃えてみよう。あるいはfinalには「E5000」という素晴らしいダイナミック型イヤフォンもある。もっとも、E5000はE1000が10個ほど手に入る価格だが……。
それにしてもE1000は、スマホ付属イヤフォンから変更する最初の製品として、なんと誠実なことか。“非オーディオマニア”な若い世代の音楽ファンへはもちろん、“手を出しやすいサブモデル”という観点からも、幅広い世代のオーディオ・音楽ファンへオススメしたい。腰を据えつつ飽きの来ないfinalサウンドと長く付き合うことで、音楽との向き合い方に変化が現れるかもしれない。