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第610回

「AFEELA 1」実車をチェック。責任者に聞く「SDVの本当の意味」

ソニー・ホンダモビリティは今年もCESに出展し、2026年に北米で出荷を予定しているバッテリーEV「AFEELA 1」を、同社ブースで公開した。

ソニーグループのプレスカンファレンスに登場した「AFEELA 1」。ソニーグループ・十時裕樹 締役代表執行役社長COO兼CFOと、ソニー・ホンダモビリティ 代表取締役会長 兼 CEOの水野泰秀氏が登壇
CES会場のソニー・ホンダモビリティブース

同社が「出荷版に極めて近い」というプロトタイプを現地でチェックしてきた。ソニー・ホンダモビリティ代表取締役 社長 兼 COOである川西泉氏へのインタビューを合わせてお届けしよう。

展示された「AFEELA 1 Signature」
ソニー・ホンダモビリティ代表取締役 社長 兼 COOの川西泉氏

ソニー・ホンダ合弁で開発、2026年から出荷開始

まずAFEELAについて少しおさらいしておきたい。

AFELLAはソニーとホンダが合弁で開発を進めてきたバッテリーEV。もともとはソニー内で「センサーやソフトウエアを活かした次世代のモビリティにはどんな可能性があるのか」を探索する取り組みとして始まったもので、「aibo」(2018年復活の現行モデル)やドローンの「Airpeak」と同じオリジンを持つ。

なお、ソニー・ホンダモビリティの川西社長は、これらすべての計画に関わってきたキーパーソンでもある。川西社長は過去にソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)でCTOを務め、PSPやPlayStation 3などの開発も指揮していた。

2020年にソニー独自で「VISION-S」として試作車を公開したが、当時は「ソニー単独では自動車を販売するのは困難」として、市販車製造までは視野に入っていなかった。

だがその後、2021年にホンダ側から合弁会社設立が持ちかけられて「ソニー・ホンダモビリティ」が産まれた。ホンダの自動車生産と販売の知見とソニーのセンサーやソフトウエアの知見を持ち寄り作られたのが「AFEELA」、ということになる。

CESには3年連続でプロトタイプが展示されて来たが、CES開催中から米・カリフォルニア州在住者向けの予約が開始されたこともあり、今回は「出荷されるものに限りなく近い」車体が展示されることとなった。

米国向けの価格は約9万ドルから。2027年に出荷する「Origin」と、2026年半ばに出荷する「Signature」の2モデルがあり、今回展示されたのは「Signature」の方だ。

SignatureとOriginの2モデルがあり、展示されたのは前者

Signatureには「タイダルグレイ」「カームホワイト」の2色が用意され、会場にも双方が展示されていた。Originはコアブラック1色展開でホイールも19インチ。そのため、車体サイズはSignatureに比べ若干小さいという。ただし、基本的な走行性能や通信機能などは同じであるという。

Signatureの「タイダルグレイ」
Signatureの「カームホワイト」
ブースに展示はされなかったが、公式の予約サイトには、2027年出荷の「Origin」も。カラーはコアブラック

生産はホンダのオハイオ工場で行なわれ、2026年に出荷される「日本向けモデル」についても、オハイオ工場で生産することになるという。

過去のプロトタイプからの変化は少ない

外観は、昨年展示されたプロトタイプから大きな変更はない。

凹凸の少ないボディは、「デザイン自体はシンプルだがアプリで姿が変わる」スマートフォンを意識したもの。フロントに情報表示用の「メディアバー」があり、好みのロゴやアニメーションにして個性の演出ができる。スマホアプリや車内から切り換えられるが、向こうから来る相手に特定のメッセージを見せる、といった使い方もできる。

フロントにはディスプレイである「メディアバー」が埋め込まれている
「メディアバー」は表示をカスタマイズできる

カスタマイズはメディアバーだけで終わらない。車内のインターフェースや照明も、PCやスマホのUIを「スキンでカスタマイズ」する感覚で変えられる。

車内で「スキン」を変更。「The Ghost of Tsushima」スキンにすると、表示やライティングに加え、リアシートモニタの表示まで「The Ghost of Tsushima」設定に

ドアをあけるノブやレバーは用意されていない。キーを持っていれば、近づくだけで自動的に開く仕組みだ。スマホアプリからも開閉できる。

ドアにはノブやレバーはない。ドライバーが近づくと自動的に開く
もちろんスマホアプリで操作もできる
ドアをあけるとこんな感じ

ドライバーの場合、車内に乗ったらブレーキを踏み続けることでドアが閉まる仕組みにもなっている。

後部座席側
車体後部

外観上目立つ変化は、ルーフ上に設置されたセンサーが「3つ」になったことだ。

正面から見るとルーフ上のセンサーは3つに
横から。両端のものはイメージセンサー

もともと上部中央にはLiDARがあったのだが、出荷版ではその左右にイメージセンサーも搭載される。イメージセンサー自体は別の場所に搭載済みだったが、その位置が変更になったのだという。

その理由は「ルーフ上の方がセンサー位置としては有利なため」(川西社長)。デザインをスポイルしないよう配慮しつつ、有利な場所を考えた結果の選択だ。

ドアミラーは鏡とカメラのハイブリッド構造

車内でのエンタメ体験品質にこだわり

内部に入ると、ディスプレイを使った巨大なダッシュボードが目に入る。

ドライバーズシート
正面のコントロールパネルは巨大なディスプレイに

解像度など正式なスペックは未公表だが、「対角で5K」(川西社長)という解像度の高いもの。プロセッサーはQualcomm製。AndroidをベースにしたOSで制御されており、UI開発と描画には、ゲームエンジンである「Unreal Engine 5」が使われている。

Androidベースなのでアプリが動く

車内のエンターテインメント性を重視しており、ナビの表示はもちろん、動画や音楽の再生もできる。AFEELA 1は5GとWi-Fiを搭載しているので、その通信を使ってどこでもコンテンツの再生ができる。

Amazon MusicやSpotify、Crunchyrollなどとも連携し、多様なエンタメコンテンツ再生に対応

スピーカーは車内で立体的な音響を再現できる位置に配置されており、Dolby Atmosや360 Reality Audioといったオブジェクトオーディオ技術の再生もできる。

Dolby Atmos楽曲も再生可能
ドアの中に仕込まれたスピーカー
映画再生ももちろん可能

車両内にいる人の顔を確認するためにカメラも搭載されているのだが、これを使って顔の位置を把握、音響特性を最適化する技術も使われている。

さらに面白いのは、車内には「アクティブノイズキャンセル」も効いている、という点だ。

AFEELA 1の車内に入り、ドアや窓を締め切ると非常に静かであることに気付く。それは単に閉鎖空間として外の音を遮断しているのではなく、ヘッドフォンのノイズキャンセルと同様、周囲の騒音をマイクで拾い、その逆位相音を出すことでノイズを減らしているわけだ。

ただし、自動車なのですべての音が消えてしまうと安全性の問題が出てくる。川西社長によれば、「低音と中域で分けて処理をしつつ、安全な運転に必要な音はそのまま聞こえるようにしている」とのこと。その辺が、自動車ならではの要請ということになるだろう。

「ソフトで価値が決まる自動車」の本当の意味とは

自動車の中でエンタメを楽しむ要素を強化、というと、必ず次のような話が聞こえて来る。

「自動車は走る・止まるが重要。車内エンターテインメントで選ぶ人わけではないし、それで売れるわけでもない」

それはある種の正論だ。

ただその点について、川西社長は次のようにも反論する。

川西社長(以下敬称略):すでに、EVの充電ステーションで待っている人は、映画を見たりゲームをしていたりします。送り迎えなどでの待ち時間もあるでしょう。

いままでの感覚だと「ない」ように見えるかもしれませんが、すでにニーズは存在しているし、使われ方も変わっているんです。

そしてさらに、いままでにあるエンターテインメントだけでなく、新しい価値も目指さねばなりません。

今回のデモでは、AFEELA 1のダッシュボードに、自動運転用のセンサーであるLiDARから取得して風景を加工して表示する試みも行なわれた。「情報」としてみれば、これは単なるセンサーが捉えたデータに過ぎない。だが、実際見ていると「面白い」。車が撮影した車窓の風景や走行データのようにありふれたものでも、見せ方を変えるとエンターテインメントになり得る。意外とそんなところから、「乗っていて面白いクルマ」が産まれるものかもしれない。

LiDARからのデータを表示。人がいることがちゃんとわかる

AFEELA 1には、音声によるAIエージェントが搭載されている。今回は、AFEELA 1に話しかけ、アプリを起動したり音楽を再生したりするデモが行なわれた。

だが機能としてはそれだけでなく、「どこへ行くのか」「そこではどんな店がおすすめか」などの対話も行なえる。ドライバーや乗った人をそれぞれ認識して記憶し、対話の内容もパーソナライズされていく。

音声AIエージェント自体はマイクロソフトとの協業によって実装されている。すなわち、対応に使われる生成AIはOpenAIのもの、ということになる。だが単にGPT-4などで対話しているわけではなく、自動車での対話・AFEELA 1の中での会話に特化した形で、ソニー・ホンダ独自のカスタマイズが行なわれているという。

川西:重要なのは「いかにパーソナルな環境を作れるのか」ということ。命令をするのではなく、いかにその人の「話し相手」になるところまで行くのか、という話ですね。走りながら「ドライバーに合いの手を入れてくれる関係」にして行きたいです。

そもそもこれは自動車に限った話ではありませんが、今後コンピュータとのユーザーインターフェースは、音声を軸にしたマルチモーダルなものになっていくでしょう。そうするとAIが担う部分が多くなり、昔ながらのOSの役割が覆ってしまいます。

その中に自動車という存在があるわけですが、一方で、これまでも自動車に愛着を持つ方はいましたが、意思の疎通ができたわけでもない。ペッドとは意思が通じたと感じる瞬間がありますが、他方で、自動車はペットではない。そうすると自然対話になるのは必然です。

SDV(ソフトウエア・ディファインド・ビークル)と言いますが、ソフトで自動車を作ること自体が目的ではないんです。SDVはちょっとバズワード的な部分があります。

もうこのプロジェクトに取り組んで6、7年になりますが、最初は「市販車を作る」ことになるとは思いませんでした。あくまで、「モビリティの未来にはなにか新しいものがある」と考えていたんです。

ホンダとの関係も、単にSDVをやるのなら、ホンダさんの中でもできることです。ホンダ側でのSDV開発と、ソニーホンダでのSDV開発は別のもので、開発基盤なども違います。

常に進化する、新しいモビリティでなにができるのか? それをやりたい人同士が集まってやっている、ということなんです。

では、その「新しいモビリティに向けた価値」で得られる体験とはどんなものであり、なにが重要なのだろうか? 世界中のEVメーカーが新しい価値を模索している中で、目指せる方向性はどのようなものなのだろうか?

川西:日本のメーカーが出せる味を日本流で表現するならば、いわゆる「おもてなし」かも知れません。要は、どれだけ先回りして、ユーザーの察知し、快適な体験を提供できる形で動けるか……ということですが。

そこでは「これが価値」と決めてしまわず、丁寧に積み上げていくのが重要なんじゃないでしょうか。

ハードウエアで価値を固定してしまうというのは、先に価値が決まってしまうということでもある。ソフトで価値が決まる=ソフトウエア・ディファインドとは、そうやって「動きながら価値を変え、積み上げる」ことができる存在ということなのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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