やっと自然な口の開きと声の質と、快適さ、実際と自分の認識が一致してきた。
客商売ですから、どうしても会場のお客さんが求めるようにすることが多いです。 そこでは、パワーやオリジナリティはあまり問われません。自ずと安定を求め、守りになりがちです。プロデュースとトレーニングの方向は、日本ではまだ一致していないことが多いのです。
A.例えば、若いときは、講演に呼ばれるのは楽しいことで、いろんな人に会えたり、いろんな経験を積んで学べることが多々、ありました。しかし、研究に没頭していると、それは、妨げとなります。刺激となる分によいのですが、続くとストレスになってしまいかねません。 ここまで述べたような仕事は、一般の人にとってみれば、専門家としてのことではないかと思われることかもしれません。 サービス業のように、人と接すること自体に価値や生きがいが感じられるなら、結構、全てが一致するわけで、幸せなことではないかと思います。
A.正しくしたいと考えるところで、すでにその正しさに翻弄されていると思ってください。習得するのには、時間がかかるので、焦らないことです。 もちろん、あまりにもよくない姿勢、理想的でない姿勢というのはあるので避けましょう。 問題は、正しい発声に有利な姿勢というのと、歌いやすい姿勢が必ずしも一致しないということです。
自分の傾向がよく技術的観点からわかりました大切でした 手のばしトレーニングで動きと声が一致した感じが少し体感できました
A. がんばっているとか伝えようとしているとか、精一杯張っているような声が、一時的に、説得力を持つのは、当然のことです。 ただ、歌やセリフをコミュニケーションのレベルで捉えるのであれば、魅力的な声とがんばっている声は必ずしも一致しません。
自分に心地よければ、それは、さほど努力しなくても続いていくでしょう。自分の好きというのとやることが合ってるかどうかというのは、また別の問題ですが、一致する方が望ましいのはいうまでもありません。
A. 感情を表現したり、ステージパフォーマンスで効果と、発声や歌唱の基本的な姿勢というのは、目的が違いますから、必ずしも一致するものではありません。歌唱や発声のスタイルにも個人差があります。 パフォーマンスする表現と発声のところで、その動きが一体化している方がよいのは否めません。それが一致している人の場合は、あまり動きがないはずです。レコーディングとライブの時に同じ姿勢で歌うタイプは、そういう歌い手です。
微笑みを浮かべることも よく頑張っているね、そう誰かに労いの言葉をかけることも ありがとうございます!いただいた真心に感謝することも 私たちの一つひとつが すべてのいのち、森羅万象への 慈しみのラブレター ここまでいのちを繋いでくださった、たくさんのいのちの慈しみが 私たちの、それぞれのいのちにも宿っている 大切に、精一杯に、生きてゆこう そして まだ見ぬ未来へ繋がるたくさんのいのちの幸を 私たちも、願い、祈り 熱いラブレターを綴ってゆこう 合掌
大声とかよい声がしぜんに出てしまう役者さんは、声の表現のノウハウを、そうでないために苦労して得た人よりも、教えるときには、適任ではないことが多いです。 表現者としての一流とトレーナーとしての適性は必ずしも一致しません。歌手も同じです。