ゴシック名訳集成 西洋伝奇物語 みんなのレビュー
- エドガー・アラン・ポオ (ほか著訳), 東雅夫 (編)
- 税込価格:1,257円(11pt)
- 出版社:学研
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ゴシックの城へようこそ
2004/06/18 17:59
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:うみひこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
夏休みに田舎の屋敷に滞在し、家人のいない一時にふと屋根裏部屋でこの本を見つけ、一気呵成に読んでしまった。気が付けば、あたりは夕闇に閉ざされ、この世ならぬ世界に一人旅立ってしまった思いに震えていた…。そんなふうな幸福な出会いをしたい一冊である。
巻頭のギュスターブ・ドレ描くポーの『大鴉』。日夏耿之介の豪奢としか言い得ない訳詩との組み合わせは、一目で読者の心を掴むだろう。読者は、この詩画集によって日本語の言葉というものの不思議さや、漢字表記そのものの中にあるある種の美に気づき、いわば視覚の快楽のようなものに打たれるに違いない。貴重な断片、日夏耿之介の『アッシャア屋形崩るるの記』で、そのゴシック詩体を楽しんだ後、数々の名訳が繰り広げられる。
まず第一弾の物語は、もちろん言わずとしれたゴシック小説の神髄『おとらんと城綺譚』。編者によると、ゴシックの開基であるこの作品は、平井呈一の凝りに凝った擬古文体に、歌舞伎の一幕かと驚かされるであろう。だが、辞書を引く暇もあらばこそ、気が付けば読者は、婚礼の朝に大兜の下に押しつぶされた若い花婿、その花嫁を奪わんとする城主の企み、額縁より現れ彷徨う亡霊、尼僧院へ続く地下道、血を流す彫像、錯綜する恋の思い、出生の秘密等々の、次々に繰り広げられるゴシック小説の「要素」によって翻弄され、濁流に流されるように一気呵成に終末へ向っていくだろう。
続く『開巻驚奇 龍動鬼談』にいたっては、ロンドンを倫敦ではなく、龍が動くという当て字に驚き、人名「エフ」や「ゼイ」に目をそばだてる間もなく、気が付けば「身の毛立ち股戦粟く」物語の中に引き込まれてしまうだろう。怪異談に終わらず、謎が解かれたようで、解き明かされない余韻が何ともいえない作品だ。
そして、涙香調という言葉は知っていたが、正しく、これなんだと思わせる逸品。巻を措くをあたわずという勢いで読ませてしまう『怪の物』。人名がイタリア人なのに梅川槇子でも梅川安頓でもかまわない。ただひたすら孤独な医師の夜の窓辺にしたい寄る者の哀れな境遇が心の中に残っていく。
これらの物語の他に、何よりも、小泉八雲の名講義が二つ収録されているのが、嬉しい。明治にこの講義を聴いた人々がしみじみ羨ましい。特に『小説における超自然の価値』で語られる「ghostly」なものの意味と「夢」の重要性を説く言葉には、深く打たれる思いがする。その結びの言葉、「『彼方』にあるものを扱う文学では、夢はあらゆる美しいものの源泉である。」にため息を吐きながら、巻を閉じよう。怪異と美が混在するゴシックの城さながらの見事な一冊に、今宵の夢は華麗に彩られるに違いない。
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