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1 どんな本?
仏教を科学的に説明する骨太本。未来の科学と
仏教の解釈の相関にまで触れているのはこの本だ
け。
2 なんで読んだの?
(1) 仏教の本でレビューが高いから。
(2) 原始仏教の楽に生きる知見を学びたい。
(3) 学びを人生に活かせる状態になりたい。
3 構 成
全5章296頁
「科学理論の構築した偉人たちは皆瞑想の習慣を
持つ」と始まり、「釈尊に心からの敬意を表して
考察を終わる。」と締め括る。
1-3章で科学が「神の視点」から「人間化」へ
の推移した事実と歴史を。4章で原始仏教を。5
章で大乗仏教について述べている。
4 著者の問題提起
科学と仏教の関係を明らかにしたい。
5 命題に至った理由
科学と仏教が大好きな著者の考察から。
6 著者の解
科学が進化して仏教との関係が学術的に明らか
になるだろう。
7 重要な語句・文
(1) 神の意思
(2) 人間化
(3) 合理性だけで全う出来ないのも人生
(4) アーリア人
(5) 超越者
(6) 偉大な学者は瞑想している。
8 感 想
私には骨太な本で読破に骨が折れた。
刺さったのは合理性だけでは人生を全う出来
ない事。支えが必要だと思う。
深く知りたいことはヒトラーが迫害をするに
至った理由。アーリア人のルーツが関係あるのは
理解した。
人に勧めるなら科学者達は瞑想習慣がある事。
瞑想と言うよりも考え事だと思う。
ビジュアル要素は無し。(図とか)
タイトルの犀のたちは最後まで読まないと理解
できない。
私には非常に骨太な本だった。
9 TODO
(1) 再読
10 問 い
人生に必要なものは?
11 答 え
支え。
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第75回アワヒニビブリオバトル「おうち時間DEビブリオバトル」1時間目 算数で紹介された本です。オンライン開催。
2021.05.02
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科学と仏教。一見すると関係のなさそうなこの2つの間には、世界観を確立する方向性において重要な類似点がある、という。科学は神の視点を廃し、人間の視点によって納得できる物理的世界観を構築する方向に発展してきた(例:相対性理論、量子論、自然淘汰説、実無限など)。一方(釈迦)仏教は、神という超越的な存在をはじめから考慮せず、人間の視点だけで精神的世界観を構築する。神ではなく人間の視点で世界観を構築するという点が両者の類似点である、という考察は非常に面白い。科学は実験というコントロールできるミクロの現実を使って世界を捉えようとし、仏教は禅定によって世界全体を捉えようとする。この方法の相違も、先の類似点を考えると示唆深い。
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身の回りに起きている自然現象、当たり前に受け入れているそれぞれの、改めてみるとなんと不思議なことか。
初期の哲学者が科学者たり得たこと。
神が創った世界を解明するための科学から、
神ではなく人間が知覚する世界を記述しようという態度への変化。
ヴィパッサナーは本来的な仏教の教えに限りなく近かった
人間を通して物理的世界を究明する科学、
人間を通して精神的に世界を追究する仏教(本来の)
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パラダイムシフトを繰り返し進んで行く科学の思考法・世界観の方向性とブッダの創始した仏教の思考法・世界観とが相似形であるということを論じた一書。ブッダの本だというのに、全302頁中、ブッダが本格的に登場するのが233頁。だからつまらないかというと、そんなことはなく、筆者の博覧強記ぶり、さまざまな学問分野の歴史のエッセンスをぎゅっとつかみ、分かりやすく読者に提示する手つきが素晴らしい。こういう類いの本(特に歴史書など)は学問的にちゃんとしようとするあまり、学問的には正確な記述なんだろうけど、「結局何がどうなの?」となることが多いが、実に本質を分かりやすく伝えてくれる。そして、上座部仏教の方がブッダの創始した本来的な仏教に近いものであり、僕らに馴染みのある大乗仏教は後にブッダの教えから離れ多様化した仏教のあり方だということがとても良く理解出来た。しかし、といって、上座部仏教こそが真の仏教であり、大乗はダメというのではなく、大乗仏教の価値を認めているところに、筆者の知性を感じる、読んでよかった!