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渋谷の街にたむろしている少女達を支援しているライターの著書。
上記のような少女達は、何も好きで徘徊しているわけでない。
それまでの生い立ちや人生が、一般的に通常通り生活している人と異なっているということを、我々も理解しなければならない。
大人達の悪戯がこの少女らを作り出し、大人たちがそうなってはいけないと、声高にいう。
海外では、もっと悲惨な状況の地域があるとはいえ、すべての人とが幸せに、笑顔で、何不自由なく暮らしていける世の中というのは、人間という諸悪の根源である以上、できないのだろうか。。。
それを目指して行く必要がある。
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私の声届いてますか・・・。今夜もまた、自分の安心、温もり、居場所を求めて、夜の街を彷徨う少女たちがいる。確かに彼女らの目的は生きるためであることは間違いないが、それ以上に心の問題のほうが大きいのではないかと思う。どうして、彼女たちはそのような道を選ばざるをえなかったか。夜の街は昼の街と違って、醜く、汚く、腐っているとあの夜回り先生も言っていた。そのような世界から、一人でも多くの少女たちがいなくなることを私自身も切に願っている。自分にできることなどたかがしれている。ただ、そうであっても、生涯の中で何らかの形でその手助けができればと強く思う自分がいる。
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元々、レディースをしてた橘さん
この人が変わるきっかけになったのは、ある人の取材
そこから様々な世界に触れ、今は、取材をする側にいる
取材の対象は、主に、何か悩みを抱えていそうな少女達
雰囲気が、行動が、何かが橘さんに直感を与えて、声をかける
そして、心にある闇を聞きながら、一緒に歩む努力を働きかける
本を読めば読む程、自分の家庭環境/生活環境が恵まれていることに気づく
上を見ればきりがないし、下を見ればきりがない
「足るを知る」コトの大切さを改めて思う
それを伝えてくれる本であると共に
これだけ闇を抱える人が多いことを、これは氷山の一角であることを教えてくれる本
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1109初:著者onTV
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一瞬のつながりを求め、路上に立つ家出少女。友人関係でつまずき、自傷をくり返す高校生。授業は無欠席、休日はソープで働く大学生…。深夜の繁華街で彼女たちに声をかけ、命の糸をつなごうとする著者と少女たちの記録。
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この本に書かれていることは、ひとつの現実として受け止めたい。
その上で、今の自分があることにこれまでの人生のなかで自分の境遇であったり、関わりを持ったすべての人々だったり、すべての存在に感謝したい。
この本は今の日本における、社会の縮図としての一面もある。
核家族化、教育、社会制度、都合の良い大人の欲望その他など
本来、守り育まなければ次代を築けないはずなのに、犠牲になる"こども"がいることに目を背けてはいけないと感じた。
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■自己否定感と、大人社会への不信感
街にたむろする若者の中には
居場所や行き場所がなく、
頼れる保護者がいない実情がある。
保護者に”いらない存在”として扱われてきた心の傷は深く、
表面上は屈託なく笑顔で話していても、
心のうちには
「生まれてこなければ良かった」「生きていても仕方がない」という気持ちが
溢れている。
同時に、家庭環境を要因とした別の生きづらさも抱えている。
親自身が生活苦や社会からの孤立などの問題を抱えてきたため、
親をモデルとする対人関係のとり方や社会性を身に付けることができずにいた。
年齢相応の社会経験もつんできていない。
なにより
そうした若者をいちばん行きづらくしているのは
”つらい状況から救ってくれなかった社会や大人に対する不信感”だろう。
不信感を持つと、人に助けを求めることができなくなる。
何重にも重荷を背負った子どもたちが
10代で家を飛び出し、
繁華街に出てきて出会うのは
”つながりを絶たれた子”を利用しようとする大人たちだ。
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NHKのドキュメンタリーで見た
援助交際をする女の子に話しかけるのを
ずっと続けて、寄り添って
現在NPO法人bondプロジェクトを立ち上げ
ネットcafe MELTをやっている人の記録
元レディースだったことがきっかけで
はじめたインタビューだったらしいけれど
毎夜、出かけて話を聞くって、
簡単にできることじゃない
寝るところと、食べ物
それを確保するために援交する子たち
寂しくない、と言う
家よりも楽しい、と。
生きてるのはめんどくさい、と。
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当事者たちには響きそう、支援者を広げるには感情が目立ちすぎる書き方。ただ橘さんの素直な心を描いたものだと思う。