階級、不平等という観点から日本近代史を問う
2024/01/24 14:26
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投稿者:ichikawan - この投稿者のレビュー一覧を見る
階級、不平等という観点から日本近代史を問うものである。少々強引かなと思えるところもあるが、歴史研究者においてあまり語られる視点ではないので貴重なものである。
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投稿者:ハム - この投稿者のレビュー一覧を見る
階級社会や、昔も今もそんなに変わらないんじゃないかなと感じる部分もあったりして、感慨深いものがありました。
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東京大学を定年退官になってからの坂野先生はホント沢山お書きになっている。書きたいことが山ほどあるのだろうと推察するが、恐らくこの本もそうした是非書いておきたい1冊だったのだろうと思う。
テーマは明快である。明治維新の士族、明治デモクラシーの上層農民、大正デモクラシーの資本家の時代を経て都市民衆にまで拡大してきた政治的平等は社会的平等を実現し得る可能性があったのか。「総力戦体制」抜きでもそれは可能であったと坂野先生は述べる。
1937年の総選挙で躍進した社会大衆党に社会的平等の自生的実現の可能性を見た戸坂潤や河合栄治郎の言説をそのまま鵜呑みにして良いかどうか疑問には思うが、平和の下で自由を、そして自由の下で平等を実現すべきという「べき」論はよくわかるし、賛同したい。
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明治維新から日中戦争勃発までの近代史は歴史として学校で詳しく習った記憶が無い部分であり、知らないことが沢山あった.1884年の華族令で509人の爵位が与えられ、そのうちの244人が貴族院議員になった由.今以上の格差社会だ.選挙制度も金持ちだけに投票権を与えており、所謂普通選挙は1928年になって実現している.ここで有権者が300万人から1200万人と4倍増だ.当時の政党は格差社会の解消を全く考慮していないのにも驚いた.皮肉なことに日中戦争に伴って取られた「総力戦体制」の基で「格差の是正」が進んだことも意外な事実だ.
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総力戦体制になって「格差の是正」が進んだという分析に対して批判を加えるための考察。日中戦争前夜の政治家による自由や平和に対する希求の込められた演説に「平等」が欠けていた事実を認めつつ筆者が本書を記すに至った気持ちが、最後の章で良くわかった。
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日本における階級の解消の歴史について書いたもの。
序文において、戦後野党勢力は自由・平和の追求には熱心だったが平等を求めることに不熱心だったことを指摘しており、本書は昭和初期までを対象にしている。
本書の眼目はあとがきで書かれた以下の文。これが言いたくてこの本を書いたのだろうな。
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明治維新に46年間、上層農民の政界支配(筆者の言う「明治デモクラシー」)に26年間、いわゆる「大正デモクラシー」の実現(普通選挙制の成立)に20年間がかかっているのである。こうして1925年に成立した「政治的平等」が「社会的平等」(そこまでは言わないとしても「格差の是正」)に発展、転化しかけたのは、1937年4月30日の第20回総選挙においてであった。この間わずか12年しか経っていない。
社会的な変化が政治的変化となって現れるのには、時間がかかる。この「時間差」を忘れたことが、社会経済的「土台」が政治や法律などの「上部構造」を規定するという「史的唯物論」の信頼を失わせた原因ではなかろうか。この「時間差」を考慮に容れれば、「戦後民主主義」の成立に、何も占領軍は要らなかったし、「総力戦体制」も要らなかったはずである。もちろん、世界と日本の国民に多大な犠牲をもたらした「総力戦」そのものも、「格差の是正」には不要なものであった。
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