世界の誕生日 みんなのレビュー
- アーシュラ・K・ル・グィン, 小尾 芙佐
- 税込価格:1,320円(12pt)
- 出版社:早川書房
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フェミニズムは人類を変えるのか
2018/02/18 20:04
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
SFという思考実験の世界で、ジェンダーのありようをとことん突き詰めている作品集で、この人はどこまで行ってしまうのだろうと思っていたところ、ル=グインの訃報。ここに収めているのは1994年から2000年の作品で、この後にどう進んでいったか、どうなるはずだったのか気になる。
かつての長編「闇の左手」で舞台となった両性具有の人間の世界。そこで思春期を迎える少女/少年の不安定な心情「愛がケメルを迎えしとき」。
男の生まれる確率が女の10数分の1という世界での社会制度と、その中で生きる人々の苦悩「セグリの事情」。
男女4人による結婚制度である世界「求めぬ愛」。そこでは多分、二人での結婚よりは制約は大きいはずで、様々な摩擦もあり、ストレスも強いだろうし、小さな矛盾や秘密を抱え込んだ社会になるだろう。それで人々が不幸であるということにはならず、自然な当たり前の環境として適応している。
これらは「ハイニッシュ・ユニバース」あるいは「エクーメン」と呼ばれる、非常に緩やかな結合を持つ銀河系世界の物語であり、各世界を調査した報告書、あるいは体験記として主に語られる。現代人類の視点を維持しつつも、一つ一つの物語は各世界人の主観を元に語られている。だから我々から見て風変わりな風俗のように見えても、登場人物たちにとっては、多くの苦悩とささやかな幸福のある、平凡な人生、あるいは平凡な人間の物語だ。
男女が離れ離れのコミュニティに分かれて暮らしている惑星の調査のために、エクーメンから派遣され、長期滞在する母娘のレポート「孤独」では、娘は幼い時から現地のコミュニティに適応し、母の帰還に帯同せずにその地に残ることを望む。結果的に彼女の証言は、外部の人間の偏見や無理解を正すものになる。その語り口によって、現代の価値観は相対化されることになり、我々が信頼を置いている社会の根拠は崩れる。こういう手法は、かつて眉村卓なんかも使っていた気がするが、ル=グインの場合は描写の生々しさによって、我々の日常生活の基盤が揺らいでいくように感じられる。それに、たぶん人々の悩み自体が、我々の普段感じているものに近いところにあるのだ。
政変に巻き込まれた使節「古い音楽と女奴隷たち」は、片方の勢力からは敵政府の一味と見られ、もう片方からは裏切り者と見られ、下層民の中に身を潜めている。現代世界でも革命劇に巻き込まれる物語はあるが、この遠い辺境の惑星では、どこからも助けが来るような可能性は無い。
神話的世界での結婚をめぐる争い「世界の誕生日」神々の生死は、そのまま世界の破滅に繋がるという緊張感の中で、自己決定を貫こうとする少女。
遠い惑星に植民するために、宇宙船の中で何世代も過ごす人々「失われた楽園」船の中の小さな社会が果たして維持できるのか。テクノロジーよりもそちらの方に、現実的には大きな不安がある。もちろん諍いはある。価値観の相違が生まれ、派閥が争い、計画の破綻は必至と思われるが、ル=グインの構築する社会では、けっして先鋭化することなく、人々の自己決定権だけはかたくなに守り抜く。その結果、苦難の道を歩むことになろうと、それもまた選択した一つの生き方としての喜びをもたらす。
ル=グインの実験は、フェミニズムにとどまらず、様々な場面での個人の社会意識の変化をドラマにしたもので、SFの枠にとどまらず20世紀思想の一つの到達点として見るべきのように思う。
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