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戦前の日本における検閲について、法律や所管部署等の制度面の説明や具体的に発禁となった文章の例を交えながら、その実態を描いた本です。検閲官と出版社のかけひきや実際に発禁となった事例は読み物として面白く、軽く読める読み物を探している人にもおすすめです。
一方で、第二次世界大戦に至るまでの社会情勢の変化と、それに伴う検閲のあり方の変化は学ぶべき価値のあるものだと思います。抽象化した学びとして目的で手段を正当化している状態は、目的の移り変わりにたいして弱く、危うい状態なんだろうなと思いました。
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戦中の資料をもとに紹介される、当時の味わい深い検閲エピソードが山盛り。
猥褻書の判断基準を上司に尋ねると、「自分の下半身の反応」と返され、連日、大量に読んでいった結果、すっかりエロ評論家と化す検閲官。
映画の検閲官は、「いつ映画化されるか、いつ自分の受持ちになるか知れないから」と、話題の小説を普段からチェックするアホみたいな真面目さ。
で、最高にバカバカしいエピソードは、軍旗をめぐる記事の話。
『加納部隊長は敵弾に中つて戦死したが、加納部隊長は死の直前軍旗をにぎらしてくれといつたから、軍旗をにぎらしたら、につこり笑つて死んだ』
という記事が検閲にかかる。で、「軍旗は聯隊を示すから○○にせよ」と軍旗を伏字にされた結果、
『加納部隊長は死の直前○○をにぎらしてくれといつたから、○○をにぎらしたら、につこり笑つて死んだ』
という、悲壮感も何もない、なんだか間抜けな話になってしまった。
面白エピソードがいろいろ出てきて楽しい本なのだけど、それだけでは終わらない。
検閲される側も、せっかく作ったものを発禁にされるのを避けるため、事前に検閲官に「お伺い」を立てるようになり、やがては空気を読んで、引っかかりそうなものを作る事自体を避けるようになる。これが空気の検閲。
今の時代だって、ちょっとしたきっかけで、「空気の検閲」が支配する世の中になるかも知れない。そうなるのは嫌だなあ。
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戦前の検閲社会について。ハードパワーの検閲が、ソフトパワーの忖度をもたらし、ある種の記事や本は初めから出版しなくなるという流れは意識されにくいが重要だろう。下手な質問を批判して肝心の質問数が減るようなものである。
しかも出版の場合、出版費用が検閲により無駄になるリスクや出版社が目をつけられるリスクがとても大きい。検閲官が人数不足でも、内部検閲で忖度させればOK。
検閲社会では直接検閲されると言うことが優遇にもつながると言うのは非常に面白い。主要新聞社は戦時中、図書課との間に直通電話を引かれた。これによって、検閲官は編集段階で記事に介入でき、各社の担当者は検閲官と相談しながら記事を組み立てられるようになった。これで発禁を喰らう可能性がほぼなくなる。統制であり優遇。
朝日新聞が戦時中の首相は優れた人間でなければならないって書いて東條英機を遠回しにディスったやつ。東條英機について何も書いていないから、検閲は通ったが、本人が記事を読んで激怒、軍部からの命令で差し押さえ指示がでた。しかし、検閲官も面目潰れてムカついたので差し押さえを長官が配り終わる夕方にしたらしい。検閲が逆に検閲から守る。縦割り。
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戦前の、当局による検閲。
主に公の秩序と、善良なる風俗に関わるものなんだけど。
面白え。
本がじゃなくて、状況が。
阿吽の呼吸というか、検閲される側とする側の、一体感というか、なあなあかんというか、そこには検閲に抗うという空気は全く感じない。
日本ぽい。
落とし所お互いに探りながら、これくらいどおっすかね、みたいな感じだ。
特に、エロの方は、喧嘩売ってるというか、遊んでる雰囲気すらある。
検閲する方も、世論とか気にしてて笑う。一旦問題なしとしておきながら、世論に突き上げられて、発禁扱いにしてしまうとか。
検閲による弾圧があったなんて言ってる人も、むしろ、そういう日本の牧歌的な秩序を、共産主義的に破壊しようとしたからかなあ。
実際は違ったのかもしれないけどね。
少なくとも、新聞に、公権力と闘って真実を伝えるのだなんて気概は全くありませんでした。
図書館戦争は、起きそうにありませんでした。