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駿河城御前試合〈新装版〉 みんなのレビュー

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みんなのレビュー33件

みんなの評価4.0

評価内訳

31 件中 1 件~ 15 件を表示

剣鬼たちの狂気が乗り移る

2013/08/14 23:08

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る

徳川家光の兄でありながら将軍職に遠ざけられた、駿河大納言忠長、巷間の噂のように彼の狂気が歴史にそうさせたのか、状況が人を変えたのか、史実は知らないのだが、彼の御前で剣術試合が催されたというのがこの話。それは狂気の人らしく真剣による、しかもそれが十一番もあった。
江戸幕府下の世は泰平に向かいつつあるが、戦国時代に剣の道を究めた武芸者やその弟子筋にあたる武士たちはまだ無数にたむろしていて、活躍のしどころを失って空虚を抱えたままに爆発の場を探し求めていた。大納言はそういった剣士たちを集めてお抱えにしているのだが、それが武家の正統としての自負のためか、謀反の企てのためか、その内心は誰にも分からない。仕官先を失って彷徨している武芸者は、まず新しい官僚機構の中に身を埋められない、異能の者ばかりである。江戸からも当然に怪しんで隠密が送り込まれており、それもまた柳生だったり服部だったりの有象無象。この駿河城下に蠢く力学の錯綜は、つまり戦国のエネルギーの燃え残りである。
普通に剣の腕だけで、何やらの師範としてでも十分に世を渡っていける実力を持ちながら、真剣の立ち会いに臨もうという激情の持ち主たちは、際立った個性ばかりである。それが一つ城下に集って来るのだから、もう幕府への謀反など影が薄くなるほどに歪んだ空間と化している。
その中でも、最近も山口貴由「シグルイ」として漫画化された「無明逆流れ」が際立って異様だ。虎眼流道場の二人の天才剣士が、師の後継者の地位とひとり娘を争い、幾度もの暗闘の末に片方は盲目、もう片方は隻腕となる。それでも互いに相手を打ち負かすことに執念を燃やし、ハンディをカバーする技術を編み出し、とうとう御前試合で決着を付けることになる。一度は半ばの死を経験した者達が、亡霊のような執念で妖鬼のような剣術を育てあげる、まったく畢生の怪作である。
「無惨卜伝流」は、塚原卜伝以来の名門流派でのこれも後継者争いが発端だが、剣技よりは詐術話術という新種の人間が一門を引っ掻き回す。そしてその野心のために一門の優れた武芸者たちは次々に倒れていき、この流派の衰退の原因になったという、まことうさん臭い話だ。
いずれの試合も、それぞれ腕に甲乙付け難い名人同士が、真剣で、しかも怨念の挙げ句に必殺の意気込みで対するのだから、血を見るのは必至だ。異能の剣士たちの技はアクロバティックなところもあるにせよ、切れば血が出る。勝者も敗者も血まみれになり、時には相打ちにもなる。白砂も白幕もどす黒く染まるのはグロテスクでもあろう。そして都度命が失われていく。こんな試合が朝から夕方まで続いていく狂気。
対戦者自身には、たしかに力への欲求、女への欲求、そして権力への欲求があり、主君への忠誠や忍耐といった新しい時代の求める道徳との葛藤の中に育つ狂気があるのは仕方ない。そしてもちろんその狂気は、この物語を読む現代の我々自身ものものだ。

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2005/10/06 22:52

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