甲子園大会が開かれなかったこの夏に、ふさわしい一冊
2020/08/01 19:48
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投稿者:たあまる - この投稿者のレビュー一覧を見る
高校野球の甲子園大会を復活させる。
戦後の混乱期に奮闘する男達。
と書いてしまうと、単純に熱血なハナシになってしまう。
主人公も、最初は単純に考えていた。
でも、敗戦と野球との関係はそう単純ではない。
それに気づいていく主人公と一緒に、読者も次第に気づいていく。
高校野球ファンもなにも関係ない。
夏空に咲く白い花のような選手たちの感動的な姿。
コロナ禍で、甲子園大会が開かれなかったこの夏に、
ふさわしい一冊。
よくぞこのタイミングで文庫化してくれた。
それにしても、このタイトル、なんて読んだらいいの?
なつぞらはっか?
高校野球復活にかけた一新聞記者の奮闘記!
2022/06/12 19:37
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投稿者:ベースボールボーイ - この投稿者のレビュー一覧を見る
戦後の高校野球(甲子園)大会の復活に尽力した一新聞記者のおはなし。
野球は占領軍のアメリカの国技と云うべきスポーツ。なので、復活はそんなに難しいことではないのではと思って、読み始めましたが・・・、
アメリカの「ベースボール」と日本の「野球」との考えの違い等があり、
中々、アメリカが高校野球の復活を認めようとはしないなか、主人公のもつ「野球愛」をもって交渉していきます。
戦後、占領軍と占領されている日本の関係も「高校野球復活」を通して描かれている一冊となっています。
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投稿者:kotep - この投稿者のレビュー一覧を見る
8月15日、日本の終戦が天皇陛下の玉音放送で知らされた朝日新聞社に勤める神住は何の感慨も持っていなかった。戦時中は従軍記者としてスマトラに派遣されマラリアに罹り日本へ帰国する。元球児であった神住は甲子園での野球大会の復活を夢を見て、動き始める。
神住は甲子園大会復活に向け動き始める。物資の確保や球場の使用について精力的に動き回る。神住の熱意に徐々に協力者も増え、連盟の設立にこぎつける。
しかし、ボールや球場までもGHQに摂取されている中で大会の復活は困難を極めていた。高校・大学野球よりもプロ野球を重視するGHQやESS、野球よりも教育を重視する地方関係者の協力は得られないままであった。
あるとき神住はエヴァンス中佐と知り合う。彼はアメリカで日本のジョーという投手と対戦したことがあり、完璧に抑えられたと神住に話す。神住はエヴァンスとジョーの再戦を考えジョーを探し始める。果たしてジョーは見つかるのか?
高校野球の復活に燃える神住のあきらめない熱い思いに感動しました。
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主人公の朝日新聞記者の人物に違和感を感じてしまったことと、野球や甲子園に一つも興味がないことから、少し読みにくさを感じてしまったが、ところどころに現れる鋭い指摘は現代にも通じるようで、面白かった。
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面白かった!
戦後1年で復活した高校野球大会
それなのに、今年は…
来年の夏、開催される事を切に願います。
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最近、全然見なくなった甲子園ですが、今年は中止だったので、読むのにちょうどよい機会だったなと思いました。だから、発行されたのかな。
戦後、どのようにして野球が再開されたかについて、こんなドラマチックな経緯があったなんて、考えてもみなかったです。戦後1年で大会が始まったのも知らなかったし。昔は、同じスポーツなのに、野球ばっかり表立ってて、他の競技がないがしろにされている気分でしたが、こういういきさつもあるからなんだなーと、ちょっと納得しました。
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この作者、前に読んだ「夏の祈りは」が良かったので、再び高校野球モノを読んでみる。
昭和20年8月の終戦直後から"夏の甲子園"の再開に向けて尽力した人々の物語を、史実をベースにしながら、大阪朝日新聞の記者を主人公に仕立てて描く。
『立ちふさがったのは、思惑を抱えた文部省の横やり、そしてGHQの強固な拒絶だった』と裏表紙にあり、それに対してあらゆる手段を講じて粘り強く手を尽くす話を期待していたが、話としては平板でいささか肩透かし。
甲子園で挫折を味わい今は記者として確たる思いも持たずに記事を埋めている主人公の動きを通じて、敗戦で衣食住が足らない中で野球をやることの意味、アマチュア野球の大会を新聞社が主催する意義、日米の野球に対する考え方の違いに加えて、戦時下での報道や教職のあり方、敗戦前後で異なる価値観に対する折り合いのつけ方など色んなことが書き込まれているが、全体的にフワーッとしていて、あまり響いてこなかった。
早くコロナ禍が去って、普通に観客を入れて大会が開催されるようになることを望むが、毎日過去最高を更新する陽性者が出てい今の状況では難しいか…。
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どこまでが事実なんだろう。分からないけど、この物語を今、この時に描けるこの人はすごいと思う。重厚なのに爽やかで、終章は涙なしには読めない。野球好きじゃなくても楽しめる。あと、美子さんのキャラクターがとても良い。
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戦後の阿鼻叫喚の最中、全国高校野球大会を開催することに奔走する朝日新聞記者の物語。野球人として純粋に若者の夢の復活を願う思い、新聞社社員という立場のために「若者を使った広告」という国民の評価への慨嘆、米軍から日本の学生野球は軍国主義を反映した“ヤキュウ”であるという指摘と、ゲームを楽しむ事を目的としたベースボールとの違いとの葛藤に苦悩する主人公を見事に描いた感動作。通勤途中、何度も目頭が熱くなるのを堪え一気に読了。脈々と受け継がれてきた甲子園大会と日本の野球道、良し悪しは兎も角、元球児として支えてくれた記者に感謝の念が堪えない。
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須賀しのぶさんの敗戦直後から1年後、1946年8月15日の高校野球大会開催までの朝日新聞社運動部員の話。「道」を追い求める野球と才能を生かすベースボールの違いを日米の違いとして抽出する捉え方は須賀さんらしい視点であるように思えた。しかし「また桜の国で」などヨーロッパもののスケール大きな緊張感にあふれる物語に比べると「小さな国」の話だなと思ってしまう。それにしても1964年までの19年間であれだけの復興とその後の経済的発展の基盤を成し遂げた大正・昭和世代のエネルギーには驚嘆するばかりだ。その後の経済成長がさまざまな取り返しのつかない自然破壊を起こし、その陰に多くの棄民を生んだとしても、彼らの力はすさまじいいものだったと感じ入る。特にもう一つの東京オリンピックがパンデミックの中で開催されている今、民間の力が精彩を欠いていることが、私を寂しい気持ちにさせる。
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敗戦直後。
「高校野球大会」を再開させるために奔走する
男の物語
政府やGHQの横やりの中
国に希望を取り戻すにはコレ!と思いつめた
主人公の思いが熱い
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終戦直後の日本って、こういう感じだったんだろうなあということがよく伝わってくる。
戦争が終わり、今まで自分がやってきたことと、これからやっていかなければいけないこと。
その辻褄を合わせるのに、厚かましくやっていける人とそうでなかった人。戦争で勝った人たちと負けた人たち。戦争では勝ったけれど、日系人として差別を乗り越えなければいけなかった人たち。いろいろな立場の人がぶつかって、様々な葛藤があり、それを野球好きとしての共通点で乗り越えていく。僕自身はそれほど野球に思い入れがあるわけではないけれど、人物がとてもしっかり描かれていて、本当にこういう人がいたように思えた。どこまでがフィクションで、どこまでが事実なのか、そのあたりももう少し知りたい。
少しだけ違和感を感じたのは、主人公が下手な英語で話しているはずのことが、どう考えても日本語でしか表現しづらいような言葉で書かれていたところ。もう少しカタコトの英語感があったほうが良かったと思う。
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高校野球好きな人は楽しめるはず。私もそう。辛い時期を経て再起をかけて動いた人たち。久々に本を読んで胸が熱くなった。
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1945年8月、敗戦直後から、失われた高校野球大会を復活させるために元高校球児の新聞記者が奔走するお話。
甲子園への思い、野球への思い、GHQの日本野球への反感、ベースボールとの違い‥。
今の高校野球にも通じる問題を考えながら、野球が好きな子たちが思いっきり野球ができることがどんなに幸せかをかみしめずにはいられませんでした。
「空襲を知らせるサイレンに怯えることなく、誰も彼も夢中で、白いボールの行方を追う。一喜一憂する。見事なプレーに惜しみない賞賛を送り、まずいプレーにさ野次を飛ばす。かつては球場で当たり前のように見られた光景だった。」
どうか高校三年の球児たちが、最後まで思いっきり球場でプレーできますように。
誰かのためとか、恩返しとか、美談のためでなく、自分たちのために楽しんで野球をしてほしいな。
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戦後日本の高校野球の復興に向けて奔走する朝日新聞記者の話。一昔前までは打倒米英、これからは平和と国のスタンスが大きく変化し、それに合わせて新聞社も変化する。また、主人公自身も同じように野球に対する考え方も大きく変化し、そしていい大人になっても、人としてまた学ぶ様を描いている。