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投稿者:エムチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
資本主義の祖でおり、株式会社の始まりはこの渋沢栄一でしょうけど……。この方、かなり、女性をモノ扱いしてるなぁ、と感じてしまいました。妻以外に……非嫡出子に……。後妻に……。その上、長女等、娘を嫁がせる先は……だし。こういう時代かなぁ?
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渋沢というと合本主義(株式会社)。当然、関わった会社ももっぱら株式会社組織にこだわったように思うが、意外にも合資会社や合名会社、そして匿名組合とさまざまな会社組織を事業の目的や規模等々によって使い分け、柔軟に対応していたことが指摘されており、興味深い(76-78ページ)。また第3章で詳述されている渋沢をめぐる人的ネットワークについて、龍門社や同族の役割を明らかにしたことも著者のオリジナルな貢献として特筆すべき点であろう。
自分自身の関心からいえば、第4章の渋沢の政策に関わりに関する部分が面白かった。通常、日清戦後期の外資導入政策については著者も指摘するように日露戦後期の本格的な外資導入時代に比べて叙述が薄い。しかし、本書では渋沢の当該問題への関わりを通じて、1つ筋の通った説明がなされている。
民間の実業家としての渋沢が、経済政策や公共事業・社会事業に積極的に関わり、民間の立場から国家社会の構想を実現しようとしたという意味で、本書の副題になっている「社会企業家の先駆者」と直接リンクする部分は第4章と第5章であるように思うが、第4章と第5章の内在的関連がややはっきりしないように思った。それぞれの章の叙述は明快で説得力に富むものであるだけに、やや残念。
あとは、ないものねだりかもしれないが、財界世話役としての渋沢の活動、あるいは渋沢が強く関与した業界団体の圧力団体としての機能についてもう少し詳しい叙述が欲しかったところである。
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江戸時代から明治にかけての時期だからこそ、その貴重さゆえの偉業だと思う。ただそれだけではない。先見の明があった。鉄道の国有化に賛成しなかった。当時から、おおやけの力に頼ると民間が甘えることをよく知っていた。
数百の企業の会長、理事長を兼ねていても、給料ではなく、あくまでも株式の売買が主たる資産であったようだ。現代の経営者に聞かせてやりたい話しだ。
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【読書】「論語と算盤」を読んで以来、ずっと個人的に尊敬し、関係書籍を読み続けている渋沢栄一。1840年に農民の子として生まれ、その後、武士身分を獲得し、明治新政府において大蔵省の官僚として高い能力を発揮。その後、渋沢は役所を辞し、民間に飛び出し、第一国立銀行(現:みずほ銀行)や東京証券取引所、帝国ホテル、サッポロビール、キリンビールなどといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、日本資本主義の父と言われる。要は日本のビール好きは非常にお世話になっている方ということ。個人的には、自分の母校である一橋大学(設立当初は東京高等商業学校)の設立・発展に尽力したことに注目。渋沢は商工業の地位向上の観点から、新たな学識こそが必要であり、同時に学識を活かすべき人格や道理を身につける重要性を説いたらしい。卒業生の一人として、自分にそれが身についているか、反省。今はなくともこれから精進しないといけないな。
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「渋沢栄一」という名を聞くと、「日本資本主義の父」と言われた人物だと思い起こすが、その人生をよく知る機会は少ない。本書は、その「渋沢栄一」の生涯を追いかけたものであり、彼がどのような人物であり、どのような「事業」を行ったのかがよくわかる。
本書によれば、「渋沢栄一」は農民の子として生まれながらも、「才覚を活かせる場を求めて幕臣」となり、幕末から明治の時代の変転と共に「明治実業界のリーダー」を勤め、膨大な会社の設立に関わった立志伝中の人物である。
彼が設立した会社や立ち上げに関わった会社名をあげると、178社とも数百社ともいわれる膨大な数となるとは、驚きである。
まさに、「幕末・明治期」の動乱と「日本資本主義の揺籃期」という稀有な時代であるからこその実績なのだろう。
本書は、その「渋沢栄一」の偉大な人生を詳細に紹介しているのだが、読後に彼を見上げるような思いが湧いてこないと感じた。
「坂本龍馬」が幕末の英雄とすると、明治の英雄は誰だろうか。すぐ思い浮かぶのは「西郷隆盛」「伊藤博文」等の政治家だが、「渋沢栄一」を「英雄」と見る感覚はあまり感じない。
彼を主人公とした「大河ドラマ」がないのと同じ理由なのかもしれないが、やはり世に出るきっかけとなった経歴が、敗北した最後の将軍である徳川慶喜の家来となったあとの変転ともなると、今ひとつその人生に「ロマン」を感じにくいのかもしれないし、また「実業界」や「産業界」はそもそも「ロマン」の対象とはなりにくいということなのかもしれない。
本書は、渋沢栄一の生涯がよくわかると共に日本資本主義がどのようにして生まれ育ったのかがよくわかる良書なのだが、まるで教科書を読むように、読んでも感動するものではないという意味であまり面白いものではないとの思いが残った。
本書は、「渋沢栄一」の生涯を詳細に追いかけてはいるのだが、当人の「キャラ」が見えないという点が物足りないと思えた。
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島田昌和 『渋沢栄一』(岩波新書)
明治期の実業界の顔とも言える渋沢栄一についてまったく知らないと最近気付いてためしに読んでみた本ではありますが…実業界はやはり私には苦手です^^;
まず数字がだめ、機構がだめ、勉強すればわかるのでしょうが、どうしてもまだなじめません。
ついでにいうと、渋沢についてはあまりわからないまま、むしろ周辺の人間についてわかった気がします(笑)
浅野さんなどはよく見かけるので、彼が出てきたところばかり熱心に読んでました、すみません。
もう少し読みやすい本を探そうと思います…
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個人的には、渋沢の伝記的な部分はおおよそ押えているので、第1・2章は飛ばし読みをしていました。渋沢が500の会社、600の社会事業に関わったなら、一人で全部できるわけがないので、周囲の人との関係の中で進めていったのは容易に想像がつきます。その意味で、第3章が僕はいちばん興味深かったです。知っている名前も多いですが、知ってはいても渋沢と関係していたことを知らない人もいたり、関係があるのは知っていたけどそこまで深い関係とは知らなかった、という人もいて、明治時代の財界人物相関図を整理しないとわけがわからなるな、と思いました。
第4・5章は、渋沢の思想を渋沢の行動から読み解く部分があり、興味を持てる部分も多かったです。
『-社会企業家の先駆者』というサブタイトルからすると、もっと絶賛しているのかと思っていましたが、批判するところはしていますしたし、挫折したこと、考えがブレていたことなどにも言及していて、新しい視点のヒントにはなりました。
<目次>
はじめに
第1章 農民の子から幕臣へ~才覚を活かせる場を求めて
第2章 明治実業界のリーダー~開かれた経済の仕組みづくり
第3章 渋沢栄一をめぐる人的ネットワーク
第4章 「民」のための政治をめざして~自立のための政策を提言
第5章 社会・公共事業を通じた国づくり
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多くの起業家から尊敬されている渋沢栄一の事を知ろうと手に取る。
事実を列挙しているだけで、文章に面白味がなく、読みづらい。その時々で、渋沢氏がどういう思想でそのような行動をとったのか?と言うことが知りたい。
渋沢氏が何をしたのかはわかるが、どんな人と言うことが分かりずらく残念な一冊。
渋沢氏をよく表しているかなと思う発言として「実に会社危急の場合に際し、事を一身に引き受け、その困難を救おうとするか如きら、凡庸の徒のよくする所ではない。私は始めてその志のある点を知り心中先ず驚き、敬慕の念に堪えなかった。従って此の方に頼って行ったならば、何事も成就することができるであろうと感じた次第である。」
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内容の深さは、鹿島茂著の渋沢栄一氏の伝記、「算盤篇」「論語篇」の方が充実している。本書は、その内容を短縮したものであるため、具体的な渋沢の動向は省略されている。
その分、渋沢がどのように日本経済界に貢献してきたかに着目し、その点に比重を置いて説明している。例えば、渋沢がどのように企業と関係したかを1.社長として、2.取締役や監査役などとして、3.大口投資家としてなどという風にその関わり方から分析している。実際、約170社の企業経営に携わった渋沢だが、全てを経営した訳じゃなく、渋沢の大きな役目は、①株主と経営側との仲介役と、②役員の選定に大きな役割を果たしたと本書では述べられている。明治初期では株主の存在が重視されており、その株主達と、経営陣側との折り合いをなす役割は、大株主であるとともに、名実ともに名の知れた渋沢の存在が不可欠だったようだ。また、自身のネットワークを活かし、他社の経歴から最適な人材を適用する能力に長けていたようである。そうして会社経営を軌道に乗せていき、多数の企業経営に参画することが、渋沢の考えだったようだ。
また、「社会事業」への取り組みも、もちろん述べられている。「協調会」による労働問題への問題意識や、「養老院」での孤児や障害児童への就労支援などは有名だが、「帰一協会」の存在に、私は興味を持った。「国民の思想」を統一すべく、異なる宗教の相互理解を深めるための取り組みであったが、これは失敗に終わる。しかし、戦時期にあり、強い国を作るためには国民の健全な精神が必要とし、早くから問題意識に取り組んだその視野の広さには驚くべきものがある。これが軍によって、「お国のため」とかいう間違った精神へと導かれるのは残念だが。
上記に述べたように、本書は渋沢が「どのように企業と関わったか」を知るためには、とても勉強になる一冊だと思う。
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なじみの薄い分野の記載が多く、
入門書としてはやや難しい内容であると感じたが
明治期に渋沢の果たした役割の大きさと
その人柄に興味を持つことができた。
機会があればより深く彼の生涯に触れてみたい。
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会社に紛争が起こったときは、その後始末をつけてくれる経営者の人選さえも渋沢に託された。(p.71)
「この大倉商業学校の学生が残らず豪い天才であることを望むのではない、しかし多数の人が完全なる人格を備え、精神と知識と兼備するので国家は初めて強いのである、真誠なる国家の健全は中東社会にある」(p.177)
日本という国家の構成員のあり方にも積極的に関わった。高い能力をもつ人材が産業界に進むようさまざまな教育機関を自らの行動をもって支援し、人々が社会のマイナスと考えがちなハンディキャップをもった人々を社会の一員とし、目をそむけることなく向き合った。(p.212)
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日本の資本主義経済の開祖、農民から政府高官を経て経済界の第一人者となった渋沢栄一の本。
幕末、徳川慶喜に仕え、渡欧しヨーロッパを視察
新政府では井上馨のもとで大蔵省の役人として日本の経済界の基盤をつくり、野に下っては日本銀行設立、またあらゆる企業を育成した。
なかなか一言では語れないほど、多くの事業を発展させてきた御仁です。経済文化あらゆる分野に着手しておられる。。。。純粋に、寝る暇とかあったのかな?本当に精力的に働いてらっしゃいます。普通の人間ではないのはその経歴を鑑みれば一目瞭然。
ただ、ほかの政府高官と異なるのは、出世欲や権力への執着がまるで無く、ただ国に対する親切心があるのみ。なんて純粋な人なんだろう…
こんな人だけど井上馨の手足になって働いてたんですね(ww)まあ馨も出世欲はほぼ皆無だけど。。
おもしろかったのは、元勲に対する人物評。
木戸孝允への評価が、やたらめったら高い。渋沢さん、木戸さんのこと大大だ~い好き(はーとv)だったんだねww
対する大久保利通への評価の、低いこと低いこと・・・wwでもさらに下を行くのは、江藤さんww
なんてーか渋沢さんの性格がちょっとわかったわ。
平和論者で、漸進主義で、純朴で、「性格イイ人」なんだな=
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<目次>
はじめに
第1章 農民の子から幕臣へ~才覚を活かせる場を求めて
第2章 明治実業界のリーダー~開かれた経済の仕組みづくり
第3章 渋沢栄一をめぐる人的ネットワーク
第4章 「民」のための政治をめざして~自立のための政策を提言
第5章 社会・公共事業を通じた国づくり
<内容>
明治期の実業界の大物、渋沢栄一の評伝。後半の「社会事業」の中に、もっと療育院や老人福祉などの項目が盛り込まれているかと思った。
逗子市立図書館
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1867年のパリ万国博への参加に随行してヨーロッパ各国を視察した渋沢は、各人その能力知識に依ってその職分を尽くす風習を日本に移すことに努力することを決意した。
帰国後、静岡藩の勘定組頭の職を断り、地元商人とともに静岡商法会所を立ち上げた。官尊民卑の悪弊を正すために民業を発展させ、一部の大商人だけが金持ちにならないよう、合本組織での経済人の取り組み「共力合本」を思い描いていた。
1869年、新政府から大蔵省租税正に任命され、断るつもりだったが大隈に説得されてしまう。渋沢は、度量衡や租税制度の改正、駅伝法の改良、貨幣・禄制の改革、鉄道敷設、官庁建築を手がけた。後に、大蔵省から参議に転身し、積極財政を主張する大隈と対立して1973年に辞任する。
同年、三井組と小野組の出資を得て、第一国立銀行を創立。同時に、貸付先となる企業を創出していく。
2章までで撤退。
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近代経営学の専門家による渋沢栄一が行った施策について書かれた本。渋沢を取り巻く人的ネットワークや教育・社会事業など、取り上げられている項目については、詳細な調査に基づいており内容が濃い。ただし、渋沢の全体像は捉えにくく、枝葉は詳しいが幹が見えない感がある。
また、近代の欧米を中心とした国際関係論や安全保障政策についての知識が欠如しているように思え、記述に違和感がある箇所があった。印象的な記述を記す。
「渋沢は、「物質的な喪失はいくらでも再建できる、いま大切なのは、物的な豊かさに目を奪われて、失いかけていた公共心や利他心を今ここで再度呼び戻すことができるかだ」と人々に訴え続けた」p217