いい解説があるのだが。
2021/10/03 04:29
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投稿者:雨宮司 - この投稿者のレビュー一覧を見る
というわけで、伊藤一彦氏の少々長い解説が最良のレビューなのだが、それに寄りかかっていいという法はない。国文学の世界では、必ず第一次資料や初出誌を参照することが重要とされている。俵万智はその基本に忠実でありながらも、時に歌人としての自身の実感に寄り添って、この評伝を書いている。評伝は、資料として使うには難があるのだが、対象の内実を知るうえでは非常に便利な側面補強になる。牧水の、短歌上の初恋を分析している。初恋はしばしば、人間の人格形成に決定的な影響を及ぼすとされているが、俵万智は時に自身の作歌の姿勢に照らし合わせながら、牧水の恋愛の心情に迫っている。論文では事実のみに寄り添うことが重視されるが、評伝では、しばしば対象の心情を推測することが大事だとされている。その意味では完成度の高い評伝だ。
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【堺雅人さん推薦! 牧水の恋愛の全貌に迫った画期的な書】旅と酒の歌人牧水は恋の歌人でもあった。若き日を捧げた女性との出会い、疑惑、別れを秀歌を交えて描いたスリリングな評伝文学。
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牧水自身は純粋だったが故に,その裏切りのため精神肉体ともに頽れてしまったのだとすると,その早逝により失われた詩の数々を思うとやるせない.一方で,その純粋さ故に高濃度の詩の数々が生み出されたのだとすると,早逝と素晴らしい詩は等価に交換された結実だったのかも知れない.
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若山牧水という人物がどのような歌人だったのか、俵万智が細かく解説しています。男性が和歌に思いを連ねて吐き出しているので、少々女々しく感じてしまい、初見だと、驚きました。
当時の想いの長けをいろんな友人に吐露していたり、既婚者であることを知らずにお付き合いをしていた牧水の状況、心情を考えると牧水の純真さに惹かれるものがあります。一生をかけて愛したはずであったのに砕けてしまった後、和歌で想いを表現することで作品化し、閉じ込めておきたかったのかな、とも思います。
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図書館で素敵な装丁だなと手にとってみた。俵万智さんによる若山牧水の学生時代の恋のお話。
ただ、その恋というのが一筋縄ではいかない。お相手の小夜子は、牧水よりひとつ年上の女性だったけれど、実は既婚者で子供も二人いる人だった。そしてそれを知らない牧水。
そこに小夜子の従兄弟の庸三も登場して、複雑な三角関係になっていく。
姦通罪があった明治時代。若い牧水は、肝心なことは親友にも相談できず、酒に溺れていく。そして大量の短歌を生み出す。
こう書くと牧水が被害者なようだけど、当然人間くさい身勝手でどうしようもない面もあるわけで、小夜子と別れたあともずっと引きずり続ける。奥さんが里帰り出産をしたときに、小夜子似の遊女に入れあげたり、という情けない面もある。
そしてゴタゴタを忘れるために飲んだ酒のせいで、アルコール依存症になり、牧水は40代で生涯を終える。
小夜子と出会ってなければ、牧水はもっと長生きできたかもしれない。でも素晴らしい短歌の数々は生まれなかっただろう。
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私ずっと俵万智さんのこと誤解していたかもしれない。恋の歌専門の感情120%、現代の与謝野晶子だと思っていたけれど、とんでもない。やはりプロですね。知識量が途方もない。
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旅と酒の人、若山牧水
好きな歌人です。
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
幾山河越えさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく
漂泊の詩人、旅と酒を愛する、飄々とした、朴訥な、達観したようなイメージを、牧水に持っていました。
しかし、これらの名歌が生まれた背景には、小枝子という女性との、報われない恋がありました。
絶頂から疑惑、別れ、そして歌へと、俵万智が徹底した調査と鋭い読みで、二人の恋を語ります。
実に丹念に、そして創造力に満ちた、素晴らしい評伝です。
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▼若山牧水と言えば、
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり
くらいしか知りませんでした。この歌は素敵だなあと憶えていました。
それ以外どんな人か全く知らず。たまたまBOOKOFFで見つけてなんとなく購入。
▼歌人の俵万智さんが書いています。評伝です。時折、「同じ短歌詠みとしての、俵万智」の視点からの考察や、自作の短歌との比較なんかも出てきます。「自作との比較」がこの本の魅力になっているのかなと言われると、個人的にはそれは無くても十分楽しめたかなあとは思いますが。
▼若山牧水という人の人生の評伝、というわけではなく、まあなんとなく若山牧水を全く知らぬ読者も牧水の全貌は分かるんですが、基本的には若い若い頃の牧水のとある「恋」の顛末を追う話です。(とはいえ、43才で没しているのですが)
▼牧水さんは1885-1928。つまり日清戦争時9歳くらい、日露戦争時19歳くらい。裕福そうな医師の家の長男だったらしいので従軍してません。明治~大正~昭和3年没、くらいかと。その牧水さんの、恐らく二十歳くらいから数年間の恋。これが確かに、オモシロイ。
▼早稲田大学の文学青年、宮崎県の医師の長男。大富豪とは言いませんがボンボンのエリートの文学青年なんです。まだ、「世間に名の知れた文学者」ぢゃ、無いんです。そうなろうと足掻いている。短歌の道と決めている。同人誌活動とかしている。これが「一歳上の、小枝子さん」と知り合うんです。兵庫あたりの人だったかと。美人だったらしく、頭でっかちで超ウブウブな牧水さんが恋に落ちる。これが、見事なまでの恋愛ジェットコースターの見本市のような。
▼小枝子さんは、この当時で言うとそれなりに行動力のある、一風変わった人だったようです。恋文をやりとりしているうちに、「従兄弟が東京にいるから」と、上京してきます。そして牧水と恋愛します。なかなかいわゆる肉体関係にはならなかったようで(このあたりを手紙などから探偵していく感じです)。
▼この頃から、肉体関係になってラブラブな時期まで、見事なまでに「前向き、青春の汗キラキラ、そしてラブラブまっしぐら」な短歌を量産しています。
幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
このあたりもその時期のものらしいです。すごい短歌ですね。脱帽。
▼ところが。
この小枝子さん、なんと既婚だったんです。地元で。そして子供まで居た。それを隠していた。明治大正ですから。姦通罪とかある時代です。どエライことです。
▼どこかでこれを牧水は知らされる。一気に出口のない泥沼に墜ちる。どうやら地方の「婚家」と直接間接交渉もしたようです。はかばかしくない。その上、小枝子さんはお金も裕福ではない。金も渡さねばならない。いったいどうなるのかしらん。結婚するつもりで所帯持つつもりで一軒家まで借りたのに。それも手放します。結局ずーっと「従兄弟と同居している小枝子さん」と「仲間とルームシェアしている貧乏書生」の恋愛です。その上、小枝子さんが妊���発覚。どズブです。
▼このあたりから、思うように会えなくなっていく。子供は生まれる。「仕方ないから従兄弟と相談して千葉の方に養子に出した」。この前後に金も無心されます。牧水は、「キラキラ&ハッピーなウブウブエリート青年」だったのが、「怒涛の虚無と自己嫌悪にまみれた貧乏学生」に墜ち、自殺的な深酒と、どうやら売春窟にハマる暮らしに。その上深刻な性病に侵されて闘病生活に。画にかいたようなサイテー路線。
▼そして、小枝子さんとはオンボロ船が静かに沈没していくように、完全に別れます。相前後して、恐らくほとんど抱いてもいない我が子が幼くして病死したという連絡も来ます。どうやら葬儀には出たようで。
▼度肝を抜かれるのが、小枝子さんは後日無事に離婚して、この「東京の従兄弟」と結婚したんだそうです。そしてそれなりに平和に老いてなくなったよう。そしてつまり・・・
「これ、初めからずーっと、牧水と従兄弟と、二股だったのでは?子供って・・・どっちの子供だったんだ???」
牧水さんはその後、持ち直して?結婚して歌人文学者として活躍して若死にされるんですが、自殺的な深酒は終生治らず、それが引き金で亡くなっています。
▼…というようなもろもろを、牧水の弟子だった男性が、牧水の死後の昭和時代に、コツコツと探偵のごとく、調査したんです。初老の小枝子さんとも、なんと面会して話を聞いています。これがすごい。そして関係者(牧水さんの妻とか)が亡くなったのちに、文学誌か何かに発表しているんだそうで。(発表時期をちゃんと遅らせたことは、人として偉いなあと思います)
▼つまりこの本は、ネタとしては新しいものでは無くて、全てこの「弟子さんがけっこう昔に発表した内容」でしかない。それは解説でも明言されています。ただ、俵万智さんが歌詠みのメンタルを推察しながら、その折々の牧水の短歌を深読みしながら解説物語っていく。これは、正直に言って大変に面白かった。結局はその時々の「真相」とか「心理」は、当然分からない訳ですが、それらが「弟子の発表したルポ」「そのときどきの手紙たち」そして何より「牧水の短歌」から紐解かれていく趣向です。実にミットモナイ、完璧にミットモナイ、だからこそ愛おしい若き日のプライスレスな七転八倒。暴露週刊誌を読むような下世話な興味が、ピュアな”みそひともじ”とないまぜで語られる。素敵な読書でした。