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私たちを苦しめる「欲望」について:
過度の欲望を慎め
愚か者による政治について:
政治の本質
神仏と無常について:
成熟するとわかること
避けることができない死について:
現在を生きる
生活の知恵について:
洗練された暮らし
知性とは何か:
学問の力
よい趣味と悪い趣味:
よい趣味と芸の達人
人付き合いと会話の心得:
人間観察の技術
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徒然草は過激な思想書と帯にありましたが、今では当たり前のお話ばかりですが、人権などがない当時では過激な考え方かもしれません。
つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ
有名な一節ですが、当時は日記として他者の目に触れることがなかったと思うと、ひとりでその様な気持ちを抱え込むのは如何ばかりかと思います。今は、SNSで簡単に共有できますから。
どんな時代にも権力に対する不満はあったと思いますし、権力を握り驕り高ぶる人が失敗する姿を何度も見てきたと思います。
死生観についても、人はなんの前触れもなく死ぬことを考えたら、今日まで生き延びられたことは偶然でしかないという。だからこそ、日々に生きて、日々に死ぬという言葉が良いなと感じました。
驕り高ぶらず、謙虚に礼儀正しく、常識を疑う。
一つ一つは、シンプルなことですが、シンプルが一番難しいなと思います。
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こういう読み方も、確かに面白いです。
ほんとその通り。
一番大事なのは、やらなくていいことをやらないことだ。 読まなくてもいいような本は、読むべきではない。
観なくてもいいような映画は観るべきではない。
聴かなくていいような音楽は聴くべきではない。 ー 70ページ
「人を見た目で判断してはいけない」と親や学校からは教えられる。
「ああいう風に見えるけど、本当はいい人なのよ」という言葉もある。
しかし、見た目が変なやつは、大抵の場合、変である。 ー 192ページ
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「滝悦子のマイブックストーリー」をキッカケに買いました。毎日ちょこちょこ読みました。過去から学ぶことは多いです。
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100冊の自己啓発書より「徒然草」を読め!。適菜 収先生の著書。100冊の自己啓発書を読むことにも価値があるし「徒然草」を読むことにも価値がある。本好き読書好きの活字中毒者としてはどんな本でも読みたいです。100冊の自己啓発書と「徒然草」の両方を読めばいいだけ。内容のない本を読むのは時間の無駄だとか退屈だとか言う人もいるけれど本好き読書好きの活字中毒者としてはどんな本でも内容はあるし本を読むことが苦痛になることなんてないから。
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啓発とは、新たな知識や気付きを与えて人を導く事。自己啓発とは自らそれを得ようとする事だが、自己啓発本はその一助となる著者からの啓蒙。徒然草は、まさに自己啓発本の一種。人間社会の真理を語り記す。今読んでも学びがあるとすれば、数百年やそこらで変わらぬ、人間への本質的な見抜きがある。今の100冊より、徒然草。
ふむふむ。…で、徒然草ってどんな話だったかな、という所からスタート。
つれづれなるままに、ひぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ
吉田兼好を調べると歌人、とある。歌集や日記みたいなものだと思っていた。読めば、腐った世の中と戦え、常識を問い返せ、雑事に追われて死ぬなと書いている過激な思想書との事。過激とは感じなかったが、徒然なるままに、ダラダラと生きるな。よく人生を考えて生きよと諭されるようだ。
訳文だが、何故か一番引っかかった言葉。春が来て、新生活に相応しい気がした。書き留めた(スマホだが)。臆するな、だ。
ー まだ未熟なうちから上手い人に交じり、貶され笑われても恥じず、平然と稽古する人が、天性の才能は無くても、倦まず弛まず、いい加減にしないで年を送れば、才能があっても稽古をしない者よりは、結局は名人の境地に達する。
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いろいろと文句はあるのだが、訳文に対応する徒然草本体からの引用が一部分だけというのは一体どういうことなのか。これでは訳文が原典に忠実なのか著者の主観含みなのかがこの本だけでは判断できず、読者に対して不親切だと思うんですけど。
著者は歴史学者ではないので、引用箇所の歴史的背景の説明が薄っぺらい点にはひとまず目をつぶることにする。そのうえで現代における例示内容の悪趣味さにも目をつぶればその解釈自体はおおよそ同意できるんだけど、専門家との向き合い方の部分に関してだけは、コロナ禍を経験して専門家への信頼が失墜した現代日本でそのまま適用しちゃいけないんじゃないですかね。
総じて本書から先行して読んだ徒然草関連本の充実度と比べると一段か二段落ちる印象ではある。一応すらすらと読めるように構成は工夫されていると思うので、古典の苦手な人が徒然草の主要なエッセンスだけ知っておきたい、という用途であればまあこれもアリかもしれない。