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■水素社会でエネルギー安全保障と経済活性化
水素に燃料を切り替えることにより、脱炭素は進む。だが、日本国内で大きな付加価値額を作り出すことがなければ、経済にはエネルギー価格の上昇だけをもたらす可能性があるただ、経済効果とエネルギー価格を別に考えれば、日本が水素社会になることには大きなメリットがある。
経済産業省は、2020年10月に菅前総理が発表した「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現」目標を受け、12月に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表した。「2050年カーボンニュートラル」への挑戦を「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策とされているが、同様の試みは過去にも行われていることは既に指摘した通りだ。この戦略の中では重点分野が挙げられているが、その中に水素も含まれている。2030年に300万トン、2050年に2000万トンの水素利用が想定されている。
日本が水素社会に変わることには大きなメリットがある。 それは、エネルギー自給率が向上することだ。日本は一次エネルギー供給の9割近くを輸入に依存しているが、水素社会になり、国内における電解中心に水素製造が進めば、今まで輸入される石炭、重油に依存していた国内企業への国産エネルギーの供給が可能になる。もっとも、電力を輸入エネルギーで製造したのでは自給率の向上にはつながらないので、発電を何で行うかも重要だ。仮に、発電を再エネと原子力で行うとすれば、一度燃料を輸入すれば長く利用可能な原子力は準国産エネルギーとされ自給率に算入されるので、国産エネルギーでの水素製造が可能になる。
仮に、水素社会により化石燃料の輸入代金が不要になるとすれば、大きな効果だ。2020年はコロナ横の影響により化石燃料価格が低迷し、輸入代金も低水準になったが、通常日本は年間10兆円から20数兆円を、原油、石炭、LNGの輸入に投じており(図5-2)、この代金が不要になる効果は大きい。
ただし、水素のコストが化石燃料より高くなれば、経済にはマイナスの影響が生じる。オーストラリア褐炭からの水素の日本着目標価格は、図表5-3が示す通り、1立方メートル当たり30円(1㎏当たり約340円)だが、2021年12月日本着の化石燃料価格に基づき発熱量当たりの価格を比較すると、石炭の約3倍、LNGの2倍弱の価格となり、2030年の価格目標が達成されたとしても、化石燃料を代替すればエネルギーのコストアップにつながり経済にはマイナスの影響が生じる。
先に述べた米国が電解により製造する水素で目標とする、1㎏当たり1ドルの価格が実現すれば、日本着の化石燃料とは価格面では競争可能になる。ただし、米国内では価格競争力のある天然ガス、石炭が産出されるので、価格面だけみると依然として水素に競争力はないが、CO2を排出しないメリットを考慮すれば水素利用が広まるだろう。オーストラリアから水素が供給される問題は、日本のコスト以外にもある。オーストラリアで水素を製造しても日本では雇用面の効果はほとんどない。他国で製造されるエネルギーに依存するのであれば、エネルギー安全保障には寄与しない。加えて、日本国内でも荷揚げからの輸送コストが必要になることだ。
水素運搬船製造 荷揚げ、輸送の雇用���国内でもあるだろうが、 水素を製造するプラントの雇用は海外に行ってしまう。 水素を可能な限り安く製造しなければ、折角の 化石燃料購入費用削減効果を得ることはできない。さらに、国内の需要地の近くで水素を製造しなければ、輸送コストによるコストアップも引き起こされる。
■水の電解装置で高いシェアを誇る中国
この問題を克服する方法はある。現在米、英、仏、露、中などが開発を進めている小型モジュール炉(SMR)を利用し、水素需要地、例えば高炉製鉄所の近くで水素を製造することだ。ロシアでは既にSMRが運転を開始しているが、米国では日本企楽も投資を行っているニュースケール社のSMRが2020年代に運転を開始することが計画されている。
7万7000kWのSMRを工場で製造し、現地で組み立てるため、工費も工期も大型炉との比較では有利とニュースケール社は説明している。建設期間は着工後3カ月、投資額は1回当たり2850ドル、100万の設備でも約3300億円だ。操業費用も大型炉の15%に留まるとされている。安全性も高まっており、過酷事故に至る蓋然性も極めて低いとされる。このSMRを日本で製造し、水素需要地の近くに電解装置と共に設置すれば、地元で競争力のある水素を供給することが可能になり、雇用も創出される。SMRが日本で建設可能になるまでは、再稼働が行われた既存原発の電気を利用し電解による水素製造を考えるべきだろう。
ただ、注意すべき点もある。水の電解装置では、主流となっている水酸化カリウムを使用するアルカリ型水電解装置と、純水を使用するPEM型と呼ばれる固体高分子型電解装置の2種類がある。今、福島県浪江町において福島水素エネルギー研究フィールドと呼ばれる水素製造の実証事業が行われているが、利用している設備はアルカリ型だ。ドイツも水素製造プロジェクトを開始したが、電解装置はPEM型だ。
ドイツがPEM型を採用した理由は、再エネのような変動電源からの電気に対応することが容易だからと説明されている。しかし、その裏にはアルカリでは中国が極めて高い価格競争力を持ち世界シェアの50%を持っており、中国との競争をPEM型にしたとも言われている。ドイツはPEM型で世界をリードし、電解装置で 覇権を握る目標を立てている。仮に日本が水素製造でも中国製に依存するようになると、太陽光発電設備の二の舞だ。ドイツのように、どうすれば国内製造、雇用に結びつけられ、輸出産業に育てることが可能か考え、技術を選択することも重要だ。
■エネルギーの選択に際し考えること
・供給の安定化
・価格競争力
・気候変動問題
■経済を豊かにしながら脱炭素を進める
欧州では、天候に依存する不安定な電源であるため安定化のための費用が必要な再エネだけで脱炭素を進めることは難しいとの意見が強まっている。一方、日本は再エ電力主力化を政策の中心にしており、安定供給と電気料金への影響についてどのような配慮があるか不透明だ。さらに再エネ導入による地域経済への好影響と雇用を期待できないことは、第三章で述べた通りだ。では、脱炭素をどう進めればよいのだろうか。生活を豊かにするためにも、少子化を止めるためにも、収入が増えることが大切な条件だ。そのためには、生産性が高く、高収入を生み出すことが可能な産���を地域で育成することが必要になる。そのヒントは水素と原子力にある。
経済に大きな影響を与えずに2050年に脱炭素を実行するには、既存原発の利用を進め、SMR(小型モジュール炉)と電解装置による水素製造を中心にするしかない。今の再エネ主力電源化が進めば、結末は産業と生活に影響を与えるエネルギー価格、電気料金の上昇と、電力供給の不安定化だろう。収入と雇用にもマイナスの影響を与えるので、少子化がますます進み、やがて日本は経済大国ではなくなるだろう。