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アイダーダウン:ケワタガモの羽毛
アナツバメの巣:食べられる鳥の巣
シベットコーヒー:ジャコウネコが排泄したコーヒー豆
シーシルク:二枚貝シシリアタイラギの足糸
ビクーニャの毛:ラクダ科動物の高級ウール
タグア:木に生える象牙・ゾウゲヤシの種子
グアノ:有機肥料になる鳥糞石
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不自然な自然の恵み エドワード・ポズネット著 多種共生物語の表と裏描く
2024/1/27付日本経済新聞 朝刊
非常に軽く保温性の高い羽毛として知られるアイダーダウン。アイスランドでは毎年6月にアイダー(ケワタガモ)が村のあちこちに巣をつくる。農家はアイダーが自身の羽毛で巣を作り、ひなを育てあげるのを辛抱強く待ち、母鳥が海へと戻った後に羽毛を集める。また彼らは、キツネなどから群れを守ることでアイダーを村へと引き寄せる。天然素材の採取が略奪や搾取、乱獲、環境破壊を伴ってきた近代において、農家とアイダーの関係は異種間の共生関係が成り立った奇跡的な例にもみえる。だが、理想的な共生関係にはより複雑な歴史と多種間の関係をめぐる課題が潜在する。
例えば、孤立感や厳しい環境への忌避から過疎化が進展してきた同地で、アイダー農家は、変化に乏しい保守的な社会を維持することでアイダーとの共生関係を築き、細々と生き残ってきた。アイダーこそが農民をこの土地とその伝統的な暮らしに縛り付けてきた存在ともいえる。さらにアイダーとの共生のために農家は他の捕食動物を駆除し、別の側面で生態系の破壊に加担しているのだ。
本書は、このアイダーダウンをはじめ、7つの天然素材の品にまつわる人間と自然、人間同士、市場との関係をめぐる歴史を描いたエッセーである。高級中華食材アナツバメの巣、ジャコウネコが排泄(はいせつ)するシベットコーヒー、二枚貝の黄金色の足糸シーシルク、ラクダ科動物ビクーニャの毛、ゾウゲヤシの種子タグア、有機肥料になる鳥糞石(ちょうふんせき)グアノ。
マルチスピーシーズ(多種間)民族誌のような人間と天然素材との間で培われてきた伝統と、それに変化を迫るポリティカルエコノミーの動態を紐解(ひもと)きながら、著者は問いかける。
自由主義経済学の一派は環境資本主義を名乗り、自然を保護する効果的な方法はそれを収益化することだと主張してきた。実際、利益を動機にした採取者に保護され、供給源の動物の個体数が増加する例も多々ある。しかし、その裏側では市場の原理に従うあくなき欲望により、別の種が駆除されたり、当該種が虐待・搾取されたり、あるいは特定の品をめぐり人間同士の血なまぐさい争いが展開してきた、と。ふと、身の回りの品々についても考えさせられる力作だ。
《評》文化人類学者 小川 さやか
原題=HARVEST(桐谷知未訳、みすず書房・3960円)
▼著者は英ロンドン生まれ。本書所収の「アイダーダウン」で英FT紙などが主催するエッセー賞受賞。
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ツバメの巣が入ったスープに、ネコの糞から取り出した豆で淹れたコーヒー。
食べ物に限らず、世の中にはこのような、生物由来の希少な製品があるということは、子供の頃から見聞きしていました。
しかし実際に触れたことはなく、話題を聞くたびに「希少なものがそんなに、出回っているものなのだろうか」と、疑問に思っていました。
この本はそんな、自然由来、生物由来の製品を取り上げて、どのように採取されているかをレポートしています。
本書は全7章の構成。
各章で取り上げられている製品は、以下の通りです。
第1章 アイダーダウン
第2章 アナツバメの巣
第3章 シベットコーヒー
第4章 シーシルク
第5章 ビクーニャの毛
第6章 タグア
第7章 グアノ
最初のアイダーダウンについては、鳥たちの子育てに影響を及ぼさないように、羽毛を採取するアイスランドの人々と、人間の近くで子育てすることにより安全な環境を得ようとする鳥との関係に、「こういう事例もあるのか」と感心してしまいました。
ただし、鳥の捕食動物の駆除といった、負の面についても書かれています。
野生生物の数をコントロールするというのはやはり、難しいことなのですね。
しかし第2章以降を聴き進めていくと、アイダーダウンはかなり特殊な事例だと、感じました。
生物など自然由来の製品については、ブランディングが優先され、製法に疑いがあるものが含まれる場合がある。
製品の由来となる生物の保護と、産出地域の振興は、背反する場合がある。
生物の保護と地域の振興が上手く機能したとしても、その地域の社会情勢により、短期間で崩壊してしまう場合がある。
特定の生物から素材を取り出して、製品を作る。
それを産業として成り立たせることの難しさを、教えてもらいました。
さらには、ブランド力を高めるにあたって、事実をありのままに伝えなければいけないのか、脚色は許されないのか。
歴史の伝わり方にも通じる問題についても、考えさせてもらいました。
著者は各製品の歴史と現状を調査することによって、生物由来の製品の持続可能性について、検証したかったのかなあと、推察しました。
由来となる生物種の存続を脅かしたり、数を減らしたりしない。
産地でその製品に関係する人々が、生活できるようにする。
代替となる製品が安く、大量に作ることが出来るのに、生物由来の製品を作る/買う必要はどこにあるのか。
おそらく、著者が本書を書く前に想像していた以上に、多くの問題が掘り出されたのではないかと、思いました。
このような切り口で書かれた本は、初めて出会ったように感じます。
現代社会が抱える問題の多さを、実感させてくれる。
問題を追求することで、当初は考えていなかった、別の問題にも遭遇する。
様々な意味で、印象に残った一冊でした。
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