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主人公の、飾らないリアリティのある心の声が自然で好印象だった
とにかく言葉の使い方が巧みで面白い。ちょっと笑えるところもあり。
短くて何気ない呟きから、主人公の人生の背景が垣間見える。
(しりとりは人間が2人必要。とか)
極悪人ではないけど、ちょっとだけ施設内のコーヒーをこっそりくすねちゃうところ。
めちゃくちゃ崇高な道徳心をこれみよがしに掲げることもなく、でもサトウさんのことを気にかけてるところ。
ルーティンへのこだわり。
そういう感じがなんかキャラクターとかじゃなく、実在する人間みたいに人間臭くて、良いなと思った。
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老人ホームで働く久住とウガンダから来たマリアの仲がだんだん温まっていくのを感じた。
最初はマリアに対して一歩引いた付き合いをしていた久住が変化したのは一体どこからだったんだろう。
久住は清掃のスタッフで真面目だが、入居者に娘の振りをして話しかけたりする謎の一面も持っている。最後までその謎ははっきりしなかったが、もしかしたら自分の母親と重ねていたのではないだろうか。(母親の存在については書かれていない。)なんとなくそう思った。
マリアが施設の物品を横流しする等して解雇されそうになったとき、なぜ久住はマリアを庇ったのだろう。それ以前に、マリアのやったことを自分のせいにされたのに何も言わなかったのはなぜだろう。
なぜ、なぜと久住に対しては疑問が湧くばかりだったが、最後、皆で海を見ているシーンで全てがどうでもよくなり綺麗なラストに思えた。
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友達に勧められて読んでみた。
とにかく文章がうまくて綺麗。話に不自然な部分はあるが気にならない。
主人公がちょっと頭が悪いが、こういう人の心情をうまく書けていて気持ちいい。
芥川賞にノミネートされたが、酷い病気とか予想外の題材じゃないから難しいとは思った。老人ホームと外国人じゃ弱すぎるんだろうなと。
でも、賞に関係なく詩みたいに楽しく読めました。
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主人公・久住は派遣労働者で高齢者施設で清掃の仕事をしている。なかなか優秀。ここにはダミーのバス停「海岸通り」がありそこの常連のサトウさんとお話をする。認知症を患っているサトウさんと新人清掃員のウガンダ人マリアさんが主要人物である。久住さんの個人的情報はほとんど出てこない。努力家の後輩マリアさんを認めているが、少し差別意識もある。一人称語りで久住の暗い内面がうまく表現されていて、彼女の中には一本筋が通っている。非正規労働・高齢者福祉・マイノリティーのリアル。ゆったり静かな小説か?私はそうは思えない。良書!!
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老人ホームで清掃員として働く「久住」と、仕事を教えているウガンダ人の「マリア」、ホームの人々等のお話。
ウソとホントがあちこちに散りばめられているが、爽やかな読後感でした。
途中、備品がフリマに売られていた所は、『むらさきのスカートの女』がココにもと思ってしまった(笑)
量も少なく読みやすかった。
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海沿いの老人ホームで清掃員として働く久住さんと偽のバス停でバスを待つ認知症の佐藤さん、ウガンダ出身のマリアさんとの交流を描いた物語。真面目で明るいマリアさんの会話が楽しい。「ニャボ、女、て意味」「ネコみたい」わたしが言うと、「そうね、ネコっぽい、女は」と、とんちんかんな返事があった。「男は?」「セボ」「うーん」と唸り、「サボってそう」と答えると、「サボッテ?」と訊ねるので、「仕事しないこと」と言うと、「それもそう」とマリアさんは笑顔になった。「ウガンダの男、よくサボッテする」
久住さんの育った環境や優しさと偏屈さが混在した性格の背景が描かれず、読み手との距離が縮まらないまま放置されるのは少し淋しく感じた。海辺のバス停にベンチに腰掛ける佐藤さんの詩的なイメージだけを強く残して読了。
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人は誰かに
自分のことを知って欲しいのだと思う。
そして誰かのことを知りたいのだ。
必要最低限の生活と人間関係を望み
ただなんとなく生きているように見えても
本心でぶつかってこられたら
その人に対して
同じように心をひらき、思いやり
もっとよく知りたいときっと思うだろう。
どうせわかってもらえないと
はじめから諦めてしまっているけれど
本当はさびしくて仕方ないのだ。
凡庸な中に
ときどききらっと光る言葉や表現があり
すぐ先の未来は
けっして明るくないはずなのに
幸福な感じしかしない最後のシーンがよかった。
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ちょっとだめな感じの主人公のお話?で、間違ってない?
家賃を払わなくて出ていかなくてはいけなくなったり、それをウガンダから来られている方に手続きしてもらってお金も立て替えてもらったり(しかも、本人がお願いしたわけでもないらしく)、真面目なわたしからすると、絶対に関わりたくない主人公のお話だけど、なんとなく好きな小説だった。
いやー、我ながら、まったくもって、変な感想文だわ‼️
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磨き上げられたバス停標識。
素数しか使われていない時刻表。
でも、永遠にこの海岸通りというバス停にバスは来ない。老人ホーム雲母園の居住者の拠り所となるためにあるだけだから。なんか、悲しいなと思った。わからなくなっても、帰りたいとか、どこかへ行きたいという気持ちはあるはずだから。
ここで働くクズミさんは、ちょっとずるいことをしたり、家賃を滞納したりしていたけれど、自分よりも弱い立場のマリアさんと接しているうちに少し変わってきたように思えた。弱い立場の人は、必ずしも弱いだけではなく、自分に都合のよいように行動してしまうこともあると思う。これは、仕方のないことのような気がする。それでも、裏切られたことを信じたくない気持ちや、かばってしまう気持ちがもてることに救いのようなものを感じた。
華やかさはなかったが、どこかでこんなことが起きているような物語だった。
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海岸通り
著者;坂崎かおる
発行:2024年7月10日
文藝春秋
初出:「文學界」2024年2月号
今年はじめての単著を出版した作家。この「海岸通り」は7月に出たばかりだけど、初出は文學界2月号で、芥川賞候補となったとのこと。表紙デザインやタイトル、文章のタッチなどから、今どきはやりの女性作家による軽快な日常ものがたりかと思っていると、終盤でえらくシビアな話になってくる。話の展開もあり、それにちょっとしたどんでん返しもあるが、あえて真相を明かすということをせず、そこに込められた人や社会の矛盾、問題点、性などをえぐっていく。急激に純文学へと傾く。なかなかに厳しい作品である。124ページの中編だが、決して生やさしい話ではない。
クズミ(久住)という女性が主人公。たぶん、若い女性。30代ぐらい?
きらら(雲母)園という民間の老人ホームで清掃の仕事をする。週3日、出勤時間は朝の9時からだが、シフトで10時のこともあれば、時には7時のこともある。私という一人称で語られているので、基本的に自己評価でしかないが、真面目に、律儀に、几帳面に毎日同じパターンで同じところをしっかり清掃し、別の曜日や時間帯を担当する他の清掃員が手抜きをしているところも、しっかり汚れをとっていく。嫌々している様子は書かれておらず、喜びを感じながらこなしている。
施設の敷地内には、ニセのバス停がある。その時刻表の数字ひとつひとつにも、しっかり雑巾がけ。バス停の名前は「海岸通り」。入所者が帰りたいとごねることがあり、そういう人たちがこのバス停でバスを待つ。バスが来ないから諦めて部屋に戻る、そんなために設置したのが始まりだという。今でも、サトウさんは毎日のように来てバスを待つ。クズミはサトウさんと色々と話をする。しかし、清掃員がそんな相手をしてはいけないので、5分程度話し、一度退社のタイムカードを押してから、続きを話す。プライベートタイムで話すことになる。
サトウさんに声をかけると、「ナギサ」と呼ばれる。息子の嫁の名前で、しっかりものであり、息子は救われたと口にする。しかし、娘の「ミサキ」だとおもっているらしい。ただし、あんたが息子の嫁だったらいいのに、とも言うので、実際に頭の中でクズミがどういう存在なのかは不明。
同僚の神崎が夫の九州転勤にともなって退職した。彼女の掃除は手抜きが結構あったが、仲は悪くなかった。神崎の後に入ってきたのが、マリアというウガンダ出身女性だった。夫は日本人のラッパー。マリアは、それなりに日本語を話せた。一生懸命に覚えようとし、日本の料理にもなれようとしている。ランチは近くで買ったパンだったので、クズミが自分の弁当のおにぎりをあげると、酸っぱいのが好きと梅干しおにぎりを食べた。次から余分に作っていくと、マリアはお礼を言って100円玉を渡す。そんなのいらないといいつつ、受け取ってポケットに。やがて弁当を作ってもっていくようになる。すると、500円くれるように。タコのウインナー。賞味期限切れだけど入れることも。
アフリカ出身者ということで、施設では珍しがられたが、一人だけ、元全共闘の永峰というじいさんが差別的な言い方をしたので、彼からは外した。クズミは、マリアに適当な息抜き方法も指南。おそらく職員たちがお金を出し合って買っているであろう休憩室のスティックコーヒーも、既成事実的に使って飲んだりしている。
マリアが、うちに来て欲しいと言い出した。休みの日にバスで行く。団地の部屋、日本人ラッパーが出てくるかと思ったら、ウガンダ人らしき男女3人がいた。1人だけ男性は「おとうさん」と呼ばれるリーダー格。ここはウガンダ人コミュニティのようだった。次の週も招かれ、その次も招かれたが、理由をつけて断るようになった。
クズミは、休みの日もよくきらら園に来ている。サトウと話をしたり、他の入所者の部屋に行って話をしたり。なにを目的にそうしているのかは、語られない。
仕事も人間関係も、うまく行っているように描かれている物語だったが、事態は急変する。
(以下、ネタ割れ)
クズミはある日、クビを宣告される。コロナの影響で、家族ですら会えない、掃除は園の職員がするしかない、と。でも、マリアはクビにならないんでしょ?と質問すると、それは答えられないと返答される。結局、時給の低いウガンダ人がこき使われる、自分は切られる、そういうことだと思った。職員だけの清掃ではやりきれませんよ、と反論すると、それはそうだが、コロナだけが理由ではないんですよ、と言われた。施設の備品がフリマサイトに出ていることは把握しています、と。
クズミは手癖の悪い人間だとされた。休憩室のスティックコーヒーも勝手に出せないようにされた。1ヶ月で退職を宣言された。園での会話はここまでで、そのことについて言い訳や議論などがあったのかどうか、全く不明。
クズミは戻ると、今度は内容証明を受け取る。家賃滞納のため、明け渡しを宣告された。仕事も家も失う。どうしたらいいのか・・・顔色が悪いと職場で声をかけるマリア。話をすると、うちへ来いという。コミュニティの方?日本人ラッパーがいる自宅の方? コミュニティの方だった。そこで暮らし始める。家庭菜園を手伝ったり、掃除をしたり。野菜は近くで売ってお金になっていて、少し小遣いももらえる。ただ、失敗が多くて掃除が主な仕事に。マリアは夫と住んでいないのか?ちょっと喧嘩しているという。他の女と仲良くしているから、と。
サトウさんが施設から出て行くことになった。お金が払えなくなったから自宅に戻るという。
クズミは、マリアと2人でサトウさんを海岸に連れ出そうと作戦を練った。クズミの勤務の最終日に。サトウさんは、夫が漁師だった。息子を誰かに預け、2人目がお腹の中にいるころ、どういうわけだか夫が海から戻ってこない。身重で海を見つめたことを思い出として語っていたことがあった。それから夫がどうなったか、帰ってきたのかどうか、聞いていなかった。でも、きっと海を見せたら喜ぶだろうと計画して、作戦を練った。だが、清掃員が連れ出せるわけがない。ランドリーカートにサトウさんを隠し、ごみを捨てに行きますといいつつ施設を出て、本物のバス停まで行き、そこからバスに乗って連れ出す。そんな手はずを整える。
しかし、最終日にマリアは来なかった。クビになったという。フリマサイトに備品など��出していたのは、実はマリアだったことが分かったと言われる。彼女はランドリーカートに入れたごみを捨てにいくフリをして、備品などを持ち出していたのだという。入所者が目撃しているし、彼女の夫も証言しているという。
あなたを疑って申し訳なかった、戻る気があるなら戻れる、と言われた。
戻らないと言い放った。フリマに出したのは自分だ、マリアはしていない、マリアがしたのを目撃したなどというのは、きっとあの永峰のじじいだろ!そそして浮気している夫だろ、と。
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あまり幸せそうでない女性の日常が淡々と描かれている。芥川賞候補作だそうだが、ボリュームも内容も薄く感じた
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久住は老人ホームの清掃員として週3日働く。
入所者の「サトウ」さんと
ニセモノのバス停に座り会話をしながらバスを待つ。
清掃の仕事には手を抜かない。
家賃を滞納したり、備品を持って帰ったりと
小さな悪事を働くのだが、なぜか憎めない。
同僚のウガンダ人のマリアとのやりとりは読んでいてホッとする。
久住は要所要所で差別的な思いを抱いてしまい
いちいち訂正をする。
彼女の正義を見た気でいたのだが
P121
〈この世界に正しい人なんていない。たぶん、絶対〉
そうきたか。
おもしろかった。
次回作もぜひ読んでみたい。
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主人公の素性が今ひとつ明かされないまま物語が進んでいく様やマリアさんへの執着は『むらさきのスカートの女』を彷彿とさせると思った。
もっとほのぼのした話を想像していたが、思った以上にいろんな要素が絡んでいて少しとっ散らかった印象だったが…
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わかりやすい文で一気に読める。場面が想像しやすい表現力はよかった。
けど、読み応えはあまり感じられなかった。序盤で築いた主人公のイメージが徐々に崩壊し、文脈から何を読み取るかは読書にお任せ!と、はっきりしない終盤。
筆者は何をいいたかったのか?と中学入試の国語の問題に使われそうな作品だった。
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海辺の老人ホームで派遣の清掃員として働く、クズミ。
クズミと一緒に働くサボりぐせのある神崎さんや神崎さんが辞めた後にウガンダから来たマリアさんとのこと。
マリアさんとの距離感や何が正しくて間違っているのかなどを自然体であらわしている。
マリアさんと親しくなりたいのか…どうなのか…
あらぬ疑いで辞めさせられることに対しても納得していたのか…。
あらゆるもやっとしたものはありながらも確かに生きるってことはこうした何かが積み重なっているのだなと感じた。
海岸通りと優しいタイトルながらストレートな現実をそのままに。