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出先で一寸書店に立寄り、眼に留まったので入手し、所用の合間等に読み進めた。そして手早く読了に至った。爽やかな読後感というようなモノは沸き起こり悪い内容だ。が、記憶に留め、考える材料にすべき内容であろう。
政党の名前に「大罪」を結び付けているという題名を見て、表現し難い違和感のようなモノも感じた。が、何か何時迄も続くような、妙な閉塞感に覆われているような気分が延々と蔓延しているように感じている中で、この「大罪」という言い方に変に惹かれていることに気付かされた。そして本書を手にしたのである。
冒頭部辺りで著者は例えを示している。気に入っていた飲食店が在って、時々立寄っていた。或る日、好んで頂く料理を頼めば、少し感じが違った。知っている仕上がりとは違ったのだ。聞けば、長く通っていた時の調理担当者が他界し、後継者が受継いだのだというが、残念ながら前任者のノウハウを受継ぐ、独自に研鑽して工夫してみるということでもなかったらしい。店の看板は何も変わっていないが、店で供する料理は変わってしまった。残念ながら、質的に劣化も否めない感じにである。
この御店のような感じの出来事が生じているのが「自民党」ではないのかと著者は説くのだ。著者の観方としては、1989年以降は、それ以前とは随分と様子が異なる感じになって行って現在に至るのだという。
そうしたことで、「劣化」を促すようなことが起った経過、「壊す」というような状況が生じた経過、そして数々の「問題」を具体的にキーパーソンを挙げながら説き続ける。或る意味では、漫然と感じていた何かに“形”を与えてくれるような感かもしれない。
嘘に嘘を重ねるようなことで居直り、判り易そうな敵を設定して攻撃してみて、言っていることの端々から「多分、よく判っていない」が明らかであるのにそのままになり、妙な忖度のようなモノばかりが幅を利かせる、そしてそれを否定して替えられない感じというのが、本書の全般に流れる観方であるように思った。
或いは、「自民党」というようなことに留まらず、この20年余りの間で、上述のような傾向が拡がり、深まっていて、「本当にそうだろうか?」と少し考えたいとでもすれば、「生意気だ!黙れ!」で「敵」に設定されてしまい、その居心地の悪さを避けようと息を潜めるかのような、「何となく息苦しい」が醸成され続けているのかもしれない。
結局、余りにも多くの「如何なものか?」は曖昧にしてしまったままでは好くないのだが、少なくとも「忘れない!」は必要だと思う。何かに関して、疑問が大きいので「忘れない!」とでも言えば「やくざめ!!」と罵られるというような例も個人的には記憶しているのだが、少し色々な情報は整理しておくべきであろう。
そうした意味で、本書は「必要な一冊」となっていると観る。
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総選挙まじかの今、この本はストレートに自民党の罪を暴きます。35年間で何故自民党は「日本人の敵」に変質してしまったのか?この本をどうぞ!
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「私は立法府の長」と四回も言う。「ヘタレ」という言葉でほぼ説明できてしまう。「踏襲」を「ふしゅう」、「頻繁」を「はんざつ」と読む。原稿を用意しているのに途中読み飛ばしてしまう。…全ては彼の党から選出された総理大臣の話。他にもこの党の大物議員の呆れる逸話がぎっしり詰まっている。吹き出してしまうのは怒りより笑い。これが日本の政治レベル。何でこんな政権が続いてしまっているのか。小選挙区二大政党制で選択肢はもう一つしかない。そこはもっと酷そうだったから。一番悪いのはこんな制度を推進するという「種をまいた」人物。