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本書のタイトル、気になりませんか? ぼくは気になる。坂下巡査が旅立ってシリーズは終わるのであろうか? さてどこに旅立つのだろうか? そのことばかりが脳裏を掠める中の読書時間であった。これまでの本シリーズで登場してきた多くの個性的キャラたちが、新宿という坩堝でまたしても対立し、闘い、血を流し、涙を流す物語である。いつもながらの都会の闇。そのままに。
ここでも多くの異なる組織に属する人間たちが、激突を繰り返す。暴力と逃走。交番内でのパワーバランスも微妙にぶれてきている。というより交番内の警官たちが結束しているようでいてそもそも不安定であるように見える。否、交番に限らず、主人公坂下巡査の人生に関わり、今も蠢く奇妙に歪んだキャラクターたちが、このシリーズを通して、世界の矛盾を声高に叫び訴えているかに見えるのが、このシリーズ、否、香能諒一の警察小説に共通するものなのかもしれない。安泰であるように見える世界のバランスは不安定な人間の心の揺らぎによってかろうじて支えられているものであり、それらはかすかな横風が吹くたびに危うく崩れそうになるたまゆらの積み木細工、であるのかもしれない。
人間は変われない部分と変わる部分があることをも本書は教えてくれる気がする。多くの組織の思惑を秘めた反社組織と警察組織が新宿という大都市で相克し合うアクション小説、と言い切ることもできるかもしれないが、そこで人生を選んでゆくそれぞれのキャラクターたちの生き様や死に様は、読者であるぼくらの心のに少なからず微風を(時には突風を)送ってくるかもしれないし、そのわずかな揺らぎでぼくらの知る世界は違うものに見えてくるかもしれない。
そんな都会の光と影を写し取って描く名人芸のようなものを、現在、脂の乗った香納諒一という作家はペンのうちに隠し持っているように思える。大長編ではないものの、いつもながらノンストップの一作である。
それにしてもタイトルが、とても気になりませんか? このシリーズ作の主人公である坂下巡査はどこへ去ってしまうのだろう? そんな不安定感を頭の隅にずっと住み付けながら読むことで、この作品はさらにスリリングな気持ちで読むことになりました。そして、スピード感を持って読むことに。さてラストは何を意味するのでしょうか。シリーズの終わり? シリーズの変貌? それはあなたの眼で確かめて頂きたいと思います。