魚太郎さんのレビュー一覧
投稿者:魚太郎
日没
2024/01/29 08:58
本当の小説
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凄い小説を読んでしまった。ハッピーエンドを期待し、願い、祈って読み進んだ読者は、絶望の淵に放り出され、そこに置かれる。ただ茫然とするしかない。しかし冷静になって考えれば、そのような帰結しかないという状況が、現実的に在るのだ。そう、これは実際に起こり始めている現実の、危機意識という言葉をはるかに超えた恐怖を暴露し吐露した話である。逃避せずに考えなければならない。
完全犯罪の恋
2024/01/19 09:57
さすが、芥川賞を「もらってやった」作家
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おそらくは作者の原体験に基づくのであろう私小説。十代の高校生の恋愛譚。約三十年が経過して三者三様に傷痕を残しているのだが、だれも被害者ではなく誰も加害者ではない。その意味でまさに完全犯罪。表現力の重厚さを感じる。
アジアを生きる
2024/01/19 09:26
日本という枠にとらわれず
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「在日」であるということが幸いしてというか、さわやかで公平な視座からの論考となっている。日本と朝鮮(あるいはアジア)の間に格差を設けず、さらに中国、ロシア、アメリカそして欧州へと俯瞰しての思索。普遍的価値とは何なのかをあらためて考えさせられる。
アベノミクスは何を殺したか 日本の知性13人との闘論
2023/11/27 17:37
本当の危機のさなかにあるという認識
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じっくりと読み応えあり。13人の識者へのインタビューの神髄、賢人たちの答え。深い洞察にえぐられており、ずしりと重い。『アベノミクスとは国家を率いる政権の「たたずまい」の変質を総称したもの』と最後に総括する。読者は問題意識を共有しなければならない。
柄谷行人『力と交換様式』を読む
2023/11/09 15:34
エピソード、対談、講演、書評
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哲学、文学、経済学に素人の私にとって、「力と交換様式」を読んで十分に理解し得ていないところを、エピソードや講演、対談、書評の紹介で補ってくれた。タイムリーでありがたい、貴重な解説書。理解が深まったような気がする。
2023/05/30 09:53
独裁者の言い分
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独裁者に共通しているのは、独裁の当初は兎にも角にも国民の幸福を目指していたということかもしれない。その目標は国民に平等な生活をもたらす共産主義であったり、宗教的理念であったりする。しかし目的そのものが次第に目的化して、異を唱えるものを独裁者は排除し続けることになる。独裁的権力者がはまり込んでいく、行く先もなく引き戻る道もない迷路だ。人間の性とでも言うべきか。
日本のカルトと自民党 政教分離を問い直す
2023/05/24 11:07
まともな民主主義へ
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橋爪大三郎先生(弟子でもなく一読者に過ぎないが、これまでの著書や対談を読んでの敬意からそう呼ばせていただく)が書かれた本なので、まず間違ったことは書いてないという先入観(バイアス)を持って読んだことは認める。それにしても、この本の内容は重い。カルトとは何か。その定義から始まり、具体例をわかりやすく解説してくれる。そのカルトが日本を蝕んでいる。そして政教分離とは何か。あらためてもう一度問い直す。社会学者の理路整然とした説明は、腑に落ちる。いまの日本に、本来の健全な民主主義は無い。なんと言っても、カルト教団や宗教系右派団体に喰い込まれ、また逆に利用し続ける自民党と、政教分離という概念をを根本的に無視している公明党が、長いあいだ連立政権を組んでいるような国である。結局はこれを選んでいる有権者に責任があると行き着いて、民主主義の腐敗が絶望のままに継続する。ただ、処方箋はある。自民党は統一教会と絶縁すること。日本会議と絶縁すること。公明党との連立を解消すること。国政政党としての公明党は解散すること。乱立している野党はどれも解散してひとつになること。ただし統一教会との関係が疑われた野党(たとえば、日本維新の会)は、事実関係を明らかにし処分と謝罪をしてから解散すること。要するに、日本の政治は政教分離の原則から逸脱し、構造的に病んでいるのである。有権者一人一人の真摯な一票は、宗教団体の「宗教票」に押しつぶされ、隅へ追いやられている。日本の民主主義をまともなものにするための第一歩は、有権者に委ねられている。
暇と退屈の倫理学 増補新版
2023/04/08 09:07
思考して実践すること
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退屈の第一形式、第二形式、第三形式。暇と退屈の倫理学の実践。人間であるとは、退屈の第二形式を生きていること。そして〈贅沢〉を取り戻し、さらにその生からはずれていくこと。〈人間であること〉を楽しむことで、〈動物になること〉を待ち構えること。次なる課題は暇の王国へ向かうこと。
それにしても哲学者というのは、考えなくてもよいことや考える必要のないことをあれこれ考え、堂々巡りになりながらもさらに考えるべきだと考える人であり、根源的なるものを提示してくれる。
ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた
2023/03/07 08:51
行動する哲学者
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哲学者、思想家が外へ出る。社会の現場で実体験をする。そしてまた思考する。研究者の暴力性を自覚したうえで、謙虚に身の程をわきまえて、真摯に現場へ向かう。尊敬に値する。ひるがえってこの私は、一体何をやっているのかと思わざるを得ない。
大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝
2023/02/22 08:47
マルクス思想の展開
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マルクスの警告、「大洪水よ、我が亡き後に来たれ!これがすべての資本家、すべての資本家種族のスローガンである。」これが、本書の題名の由来である。グローバル化した資本主義の行き着くところに、大洪水が必ず訪れる。マルクスの物質代謝の亀裂論が理論的にそれを証明しようとしている(されている)。その大洪水の前になすべきこと考えるべきことがあるだろう。マルクスへの回帰は単なるブームではない。近年刊行されている膨大なマルクスの抜粋ノート、メモ書、自家用本への書き込み(MEGAとして刊行されている)に、新たな研究の光が当てられている。「マルクスへ帰れ!」という合言葉は単なる回顧ではなく、未完であった「資本論」の刊行後のマルクス思想のさらなる分析研究であり、まったく新しい展開なのである。150年以上前にマルクスによって、現代においてようやく唱えられ始めた環境破壊の危険の原点が考察されている。150年も人類はいったい何をやっていたのかと、マルクスから叱咤されそうだ。一般人にはマルクスを最初からすべて読むことは難しい。斎藤幸平氏の研究により、斎藤幸平に咀嚼され創造されていく「マルクス思想」を我々に提示してもらえるなら、これほどありがたいことはない。
パンとサーカス
2022/09/30 08:24
正確な認識
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良く書かれていると思う。日本の現状を、真実を、あまりに正確にはっきり書きすぎているので、むしろこの本を無意識に敬遠する人が多いのではないだろうかと懸念する。
ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか
2022/05/31 17:51
真実を直視する勇気を
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国際情勢を知る時に、どこの立場の窓から眺めるかにより見えるものが全く違ってくる。アメリカの窓から、ロシアの窓から、欧州の窓から、中東の窓から、そして中国の窓から。日本は往々にしてアメリカの窓からの視点にしばられており、報道も考察も一面的に偏向しがちである。しかしそれは極めて危険で愚かな行為なのだ。筆者は中国という立場を考察し、多方面から多面的な視点を説明してくれる。このような世界の坩堝の中で、日本はどこをめざせばよいのか。筆者は言う。「いくら敗戦国だからと言って、これ以上、思考までアメリカに追随し、自ら考えることまで放棄するのは、独立国家としてあるべき姿ではない。このままでは日本人は思考停止をしてしまい、気が付けばアメリカの傀儡政権になって哀れな末路を辿る危険性を秘めている。」と。現状の「国際秩序」の正当性を直視する勇気は日本人にあるか否かとも、筆者は問うている。
四歳のころから戦争を体験した筆者が、ロシアのウクライナ軍事進行で心的外傷後ストレス障害(PTSD)に突き上げられ、魂の本然から発せられた声の書である。人類から戦争が消えることを祈る。
9条の戦後史
2022/03/12 09:05
思索すべきテーマ
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考えさせられる。考えなければならない。戦後を生きてきたものとして。アイデンティティーの根幹にかかわる事柄にもかかわらず、日常の安楽を追及するにかまけて、深く思索することを怠けていた自分を恥じなければならない。そう気づかせてくれる書である。日本人として誠実に生ききるために。
未完のレーニン 〈力〉の思想を読む
2022/02/07 09:38
いまもう一度
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いまこの時代に、もう一度レーニンを論ずる。2007年刊行の本。いま、資本主義の、新自由主義的帰結の限界を多くの人が気付き始めて、マルクスの思想に回帰している。ソヴィエト連邦が崩壊したからと言って、マルクス理論が否定されたわけではない。むしろ再び注目を浴び始めている今である。社会思想のうねりがある。