巴里倫敦塔さんのレビュー一覧
投稿者:巴里倫敦塔
トランスジェンダー入門
2023/09/11 15:59
海外事情を含め、トランスジェンダーを広範にカバー
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トランスジェンダーという言葉の定義から、性別移行、差別、医療、法律など、海外事情を含め広範な領域をカバーした書。トランスジェンダーの現状と問題点、トランスジェンダーの人にどのように接したら良いのかを知ることができる入門書で、多くの方にお薦めできる。東京大学の生協でベストセラーの上位に食い込んでいるのは喜ばしい限りだ。
筆者は「よくある勘違い」をいくつか紹介しているが、評者自身に当てはまるケースも少なくない。トランスジェンダーについて分かったつもりだったが、いかにいい加減な知識だったかを痛感させられる。
本書は、「トランスジェンダーとは?」から始まり、性別移行、差別、医療と健康、法律、フェミニズムと男性学へと議論を進める。筆者は、トランスジェンダーとはどういった人たちで、性別を変えるためには何をしなければならないのか、どのような差別を受けているのかについて、具体例を挙げながら解説する。
データに基づいて日本社会や政治の問題点を鋭く突く。例えば性別移行については、精神的移行、社会的移行、医学的移行について紹介する。差別についても、家庭や学校教育、就労、貧困、メディア、メンタルヘルス、性暴力、戸籍をはじめとした法律の壁など多角的に問題を提起し、重たい課題を我々に突きつける。トランスジェンダーの権利の問題が、公衆浴場やスポーツといった局所的な場面の問題にすり替えられている状況に憤る。
不格好経営 チームDeNAの挑戦
2022/09/11 08:50
ベンチャー経営の大変さや楽しさを軽妙・洒脱な文章で表現
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DeNA創設者で経団連副会長の南場智子が筆をとった、DeNA立ち上げ時とその後の悪戦苦闘を題材にしたビジネス書。「それにしても、マッキンゼーのコンサルタントとして経営者にアドバイスをしていた自分が、これほどすったもんだの苦労をするとは……」と実感がこもった記述がそこかしこに登場する。ベンチャー経営の大変さや楽しさを軽妙・洒脱な文章で表現しており、お薦めの1冊である。
9年前に上梓された書だが、読むタイミングを逸して長らく本棚の肥やしになっていた。読む本がなくなり、ずっと気になっていた本書を手にとったが大正解だった。経営者としてのロールモデルは誰か、MBAは役立つか、コンサルティングと経営は別物など、率直な意見を吐露している。9年前の書とはとても思えないほど面白い。
記者時代に取材先だった日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP)の村口和孝がキーマンとして登場しているのにも驚かされた。村口氏がDeNA創設に関係していたとは寡聞にして知らなかった。9年前の書なので仕方がないが、根拠のない怪しげな情報を垂れ流していた、DeNA運営の健康情報サイトWELQについての見解を知りたいところである。
ベリングキャット デジタルハンター、国家の噓を暴く
2022/08/11 18:47
オンライン・オープンソースを駆使して真実に迫る手法は見事
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情報技術を駆使することで調査報道を根本的に変える「報道のDX」を紹介した書。新聞では英調査報道機関と形容されることの多いべリングキャット(Bellingcat:猫に鈴をつけるの意味)社の成り立ちと調査プロセスの詳細を創設者自らが語る。地図情報(GoogleMap)やSNS、画像、動画、流出データベースなど、手に入る膨大な“オンライン・オープンソース”を駆使して真実に迫る手法は見事である。
最近では米ニューヨーク・タイムズなどが同様の手法を取り入れ、「シン・調査報道」は広がりつつある。日本では日本経済新聞がレベルは低いものの取り入れ始めている。取材をせずインターネットの情報だけで作り上げる「こたつ記事」の評価は低いが、オープンな情報を使いこなして真実に迫るべリングキャット社の「安楽椅子探偵」の手法は一線を画す。今後のメディアの在り方に興味のある方には必読の1冊だろう。
筆者は、ロシアのプーチン政権やシリアのアサド政権など、平然と捏造や隠蔽、嘘をつく権力者に立ち向かった具体的な事例の数々を紹介する。基本方針は特定、検証、拡散である。見過ごされている問題や発見されていない問題をネット上で特定し、あらゆる証拠を検証し、けっして推測に頼らない。わかったことを拡散し、広く知らしめる。
べリングキャットが躍進したキッカケは、ロシアがウクライナ領域で撃墜した「マレーシア航空17便」の事件である。ロシアは、4D法(Dismiss否定、Distort歪曲、Distract目眩まし、Dismay恐怖)を駆使してしらばっくれる。べリングキャットは、公開情報を駆使して、ミサイルの種類、ミサイルの位置と場所などを特定し、ロシアの犯罪だと追い詰める。SNSの写真の背景からGoogleMapを使って場所と時刻を特定する過程はスリリングである。同様の手法が中国にも通用するのか興味のあるところだ。
2024/02/07 10:36
日本流の仕事流儀に警鐘を鳴らした書
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米Microsoftの現役ソフトウェア・エンジニアが、米国流仕事の流儀を紹介した書。日本のソフトウェア開発現場との差を浮き彫りにする。「世界一流のエンジニア=MSのエンジニア」かどうかは不明だが、少なくともMSにおける仕事の進め方はわかる。筆者は日本のSIer出身で、彼我の差を具体的に示しており説得力がある。ちなみに筆者は44歳でMSに転職した後、現在はAzureのシニア・ソフトウェアエンジニアの職に就いている。
日本流の仕事流儀に警鐘を鳴らす。すなわち、日本人の生真面目さと完璧を目指す姿勢が、生産性向上の足を引っ張っている。日本のソフトウェア・エンジニアは、不確実性を忌避しすぎる。「納期は絶対」の神話は捨てる。納期に間に合わないなら、現実的に即するようにスコープを出し入れする。「準備」と「持ち帰り」をやめて、その場で解決する。重要でないことの過大な工数を使わない。検討してばかりで「やらない」ことが最大のリスクである。選択にダラダラと時間を使うべきではない。迷うくらいなら、どちらを選んでも結果に大差はない。
「怠惰であれ!」や「早く失敗せよ」といったMS流の仕事の進め方が、「真面目すぎ」「考え過ぎ」「やり過ぎ」の日本ですぐに適用できるとは思えないが、ソフトウェア開発のあり方を考えるヒントを与えてくれる1冊である。
目的への抵抗 シリーズ哲学講話
2023/05/12 14:33
哲学者は「社会の虻」は言い得て妙
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「暇と退屈の倫理学」の続編。前著が経済問題が中心だったが、本書のターゲットは「新型コロナ政策から見えてきた政治の問題」である。高校生向けと東大生向けの2つの“講話”を書籍化したもので、深く考えることの重要さを説く。イタリアの哲学者アガンベンの発言をキッカケに、アーレントやヴァルター・ベンヤミンなどの著作や発言を咀嚼しながら解説を加えており、とても分かりやすい。哲学者は「社会の虻(あぶ)」という見立ても興味深い。その昔、米IBMが人材募集に使った「虻のように口うるさい人、異端者を求む」というキャッチコピーを思い起こさせる。
筆者は、新型コロナ危機以降の世界に違和感を感じ、その正体に迫る。新型コロナ以来の息苦しさは、「あらゆることを何かのために行い、何かのためではない不要不急の行為は認めない、あらゆる行為はその目的と一致していて、そこからずれることがあってはならない」という風潮から生じるとする。「人間が自由であるための重要な要素の一つは、人間が目的に縛られないことであり、目的に抗するところにこそ人間の自由はある」と断じる。“タイパ”重視は人間の自由とは真逆というわけだ。
今回の講話は、アガンベンの「根拠薄弱な緊急事態を理由に甚大な権利制限が行われ、それを当然と受け止めるていることの怖さ」を指摘した発言をトリガーに展開される。新型コロナが権利の制限を拡張する理想的な口実となり、人間にとって最も苦しい罰となる「移動の制限」につながったと述べる。哲学者のアガンベンは移動の制限の根底にある危険性を明らかにし、政治家であるドイツのメルケルは移動の制限の必要性を切々と国民に訴えた。2人はともに自らの役割を確信をもって果たしたと評価する。日本の政治・行政・官僚支配の危機的状況への指摘も鋭い。多くの方に勧めの1冊である。
FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
2019/06/11 07:55
常識の誤謬をデータを駆使して論破した書
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常識だと思いこんでいる勘違いを、データを駆使して論破した書。勘違いとしては例えば、「世界は戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。金持ちはより一層金持ちになり、貧乏人はより一層貧乏になり、貧困は増え続ける一方である。何もしなければ天然資源ももうすぐ尽きる」。世の中を正しく見るためのポイントを的確に押さえた書である。明晰な分析と優れた訳文のおかげで、約400ページの書だがあっという間に読み通せる。
勘違いを生むのは、分断本能、ネガティブ本能、直線本能、恐怖本能、過大視本能、パターン本能、宿命本能、単純化本能、犯人探し本能、焦り本能である。メディアはこの本能を利用して「世界をドラマチックに仕立て上げる」。こうした本能がマスコミの雇用を支えていると手厳しい。
2024/04/15 13:57
人事制度、金融事情、道徳観念、風俗などが具体的で読み応え十分
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1691年(元禄四年)に三井高利が立ち上げた三井大坂両替店の経営の実態を史料に基づき明らかにした書。抜群に面白いのは信用調査(与信)の内容や、江戸時代の法制度を巧みに利用した経営手法である。三井大坂両替店の人事制度、江戸時代の金融事情、人々の道徳観念や社会、風俗などを具体的に紹介されており読み応え十分である。歴史書には珍しく図やグラフを多用して理解を助けてくれるのも評価できる。新書らしい出来栄えの歴史書である。
筆者は、三井大坂両替店の事業概要から始まり、組織と人事、信用調査の方法と技術、顧客たちの悲喜こもごも、データで読み解く信用調査と成約数などを綴る。例えば新規顧客が10人いたとしても、三井大坂両替店が実際に融資したのは1〜2人ほどという。それほど信用調査は厳しかった。
本書は融資先を見極めるポイントなど、信用調査の方法と技術の詳細を明らかにする。手代たちは新規顧客の周辺を取材し、家庭事情(不和、紛争、不品行、ギャンブル癖、横領癖、身の程知らず、放蕩)を探る。家屋敷の評価も重要なポイントとなる。筆者は大阪の家屋敷の時価を紹介しており興味深い。奉公人の職階や昇進、給与体系、退職金制度など、初めて知る内容がてんこ盛りである。奉公人が入店してから退職するまでの総所得の推移など実に面白い。
2024/04/09 11:09
紋切り型を脱し、データに基づく分析で女性のキャリアを阻んできた制約と障壁を明らかに
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米国における過去100年のデータを用いた詳細な分析で男女間に賃金格差が生じる原因解明した書。キャリアを阻んできた制約と障壁は何だったかを、説得力をもって明らかにする。男女の賃金格差の原因は、「育児負担が女性に偏りがち」など紋切り型で語られるケースが少ない。しかし筆者は、残業が多い、厳しい納期を守らなければならない、日々変化する意思決定を下さなければならないといった「仕事の性質」が原因であり、性差ではないことをデータに基づいた明晰な分析で解き明かす。
筆者は1900年から2000年の100年を、5つのグループに分けて分析する。出産未経験率、未婚率、労働参加率、大学卒業率、初婚年齢、プロフェッショナル・スクール(医学、法学、歯学、MBA)卒業生に占める女性の割合などのデータを使った分析は説得力がある。5グループ間の変化を見ると、米国の女性たちが先輩の背中を見ながら人生の歩み方を変え、徐々に歩を進めてきたことがよく分かる。例えば女性の職業の比重は、司書・看護師・ソーシャルワーカー・事務職・教師から弁護士・経営者・医師・教授・科学者へと移ってきたという。
第1グループは家庭かキャリアかの選択を迫られた世代である。第2グループは仕事の後に家庭に入った。第3グループで家庭の後に仕事を選んだ。既婚女性も様々な働き方ができるようになり、筆者は「新しい女性の時代の予感」させる世代と位置づける。第4グループはキャリアを積んだ後に家庭に入った世代である。ピルの認可が大きな影響を及ぼし、「消費型・就職志向」から「投資型・キャリア志向」への変化を促した。第5世代はキャリアと家庭を両立させる世代で、出生数の増加が特徴である。
著者は2023年のノーベル経済学賞を受賞した米ハーバード大のクラウディア・ゴールディン教授。翻訳がこなれていて読みやすい。男女格差が大きな問題となっているなか、今後の改革に役立つ情報に富む本書はお薦めである。
2024/02/24 20:40
女性にとって実力本位の時代だった平安後期に驚く
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400年近く続いた平安時代だが、その知られざる実像に迫った新書。平安時代と言うと優美だがなよっとした貴族をイメージする。あるいは、NHK大河ドラマの影響で源氏物語、藤原道長、紫式部、清少納言が思い浮かぶかもしれない。十二単や陰陽師(安倍晴明)も平安時代のイメージである。しかし、こうしたイメージは平安時代の後期しか言い表していないという。本書は、転換期で激動の時代だった平安時代前期に焦点を当て、天皇を巡る権謀術数、天皇や皇后、貴族、官僚、女官、斎宮などの人間模様を詳述する。
興味深いのは、平安後期が実力本位の時代だったこと。女性も男性も能力があればのし上がれた。例えば、デキル女性が競い、その勝者が天皇側近としての地位をつかみ立身出世することが少なくなかった。家柄が物を言う平安時代中期以降とは大きく異なる。和歌の復権が、源氏物語や枕草子などの女流文学が花開くキッカケとなったというのも面白い。藤原摂関家(藤原道隆、道長、頼通)が、その娘である皇后を媒介に、天皇と数少ない皇子女を囲い込む摂関政治誕生までの流れもよく分かる。
本書には非常に多くの人物が登場し、とても覚えきれない。さらに複雑に絡まった天皇と関係する系譜には閉口するが、適当に読み飛ばしても本書を読み進むにはさほど不自由はない。源氏物語が誕生した時代背景を知ることができ、「光る君へ」の副読本として読んで損はない書である。
謝罪論 謝るとは何をすることなのか
2024/01/04 20:14
「謝罪」の意味と意義、効果を哲学的に考察した書
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謝罪とはなにか、謝罪の効果や機能とは何か、不適切な謝罪とはどういったものかなどについて、哲学的な考察を加えた書。謝罪することによって伝えられる責任、償い、約束、後悔、誠意などについて多角的に論じる。「哲学的」と言うと小難しい感じを受けるが、電車で他人の足を踏んだときや他人の家で花瓶を割ったときの謝罪にはじまり、テレビドラマ「半沢直樹」「北の国から」や小説などを題材として取り上げ、むしろ下世話な感じさえする。肩のこらない内容でお薦めである。
本書のカバー範囲は広い。謝罪しようとするときに具体的には何をしようとしているのか、相手に謝罪を要求するときは何を求め、何を願っているのか、不適切な謝罪や不必要な謝罪を避けるにはどうすれば良いのか、謝罪のマニュアル化の問題などを紹介する。医療事故が起きた場合に“sorry”と被害者の関係者に語りかける“sorry works運動”の話は興味深い。被害者の関係者に誠意(共感)を示すことが、言い争いや見解の齟齬といった困難な状況を多少なりとも改善でき、医療紛争の回避や解決につながるという。
「誤解を招いたとすればすみません」「ご不快な思いをさせて申し訳ございません」といった謝罪や「遺憾」など“謝罪”会見で頻繁に耳にする言葉は、そもそも謝罪の要件を満たしていないと断ずる。その場しのぎの、政治家の空疎でお粗末な謝罪を連日のように聞かされる現在、謝罪の全体像を明らかにする本書は一読に値する。
論点・日本史学
2023/07/20 16:06
教科書とは違う楽しみ方ができる日本史
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日本史研究で論点になっている事項を網羅的に紹介した書。日本史を古代史、中世史、近代史、現代史に分け、154件の論点を示す。読者に評価を押し付けることなく、最新の研究を含め“素材”“諸説”を示すことに専念する。「こんな出来事も評価が定まっていないんだ」「こんな見方もあるんだ」と、教科書とは違う楽しみ方ができる。日本史への興味が湧く書で、多くの方にお薦めである。
A4判と大きく、紙質が良いこともあってけっこう重いので、持ち運びに難がある。出勤時や出張時に読むのには向かない。本書は一つの論点を見開き2ページで示しているので、寝る前に1件ずつ読む進むといった方法が良さそうだ。1件あたりの文章も、A4判と大きいこともあり分量的にも適度なのでお勧めの読み方である。
本書のカバー範囲は広い。古代史では、縄文時代や弥生時代、邪馬台国といった定番を含め、国家仏教と行基、木簡から見える古代の日本、武士論といった話題をカバーする。中世史で取り上げるのは、平安後期・鎌倉期の僧侶のネットワーク、鎌倉期・南北朝期の朝廷と公家社会、室町期の荘園制、中世の身分制と差別、中世城館の機能と特質、中世の「家」と女性、などである。近世史では、村と百姓、江戸幕府による朝廷の位置づけ、江戸の町人社会、被差別身分、女性の役割などをカバーする。近現代史では、「武士」の近代、下層社会と貧困、アイヌと沖縄人の近代、ジェンダーと近現代、原子力と核、在日コリアン、公文書と近現代史研究と現代に通じる話題がぐっと増えてくる。
ルポ筋肉と脂肪 アスリートに訊け
2023/06/19 11:04
女性アスリートの抱える課題あど、旬の話題をカバー
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アスリートは体作りやパフォーマンス向上のために、どのような食事をどのように摂っているかを探ったノンフィクション。食事だけではなく、筋トレや腸内環境・腸内フローラ、サプリメント、女性アスリートの抱える課題といった旬の話題もカバーする。最適な食事を摂るために血液検査を受けた大谷翔平選手の話題が登場するのも嬉しい。肩のこらないテーマを扱っており、移動時間や休日などに読むのに向く。
取材対象は、相撲の押尾川親方、プロレスの棚橋弘至と武藤敬司、陸上長距離の新谷仁美といったアスリートのほか、駒沢大学陸上競技部の寮母(大八木監督の奥さん)、スポーツ栄養学の専門家、体脂肪計(タニタ)の開発者など。彼ら・彼女らのインタビューをベースに歯切れのよい文体で綴る。アスリートの中では押尾川親方、棚橋弘至、新谷仁美の話がそれぞれの個性が出ていて興味深く読める。
ザ・パターン・シーカー 自閉症がいかに人類の発明を促したか
2023/03/07 14:18
幅広い視野での自閉症の解説に役立ち感
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自閉症についての理解を深めることのできる書。エジソンをはじめとして自閉症の人々が発明や発見によって人類の進歩に寄与した事例を紹介する。筆者は英国の心理学者・精神医学者でケンブリッジ大学の自閉症研究センター長を務める人物。牽強付会と感じる部分もあるが、具体的事例や脳医学の知見を含め幅広い視野で自閉症について解説しており役立ち感がある。
脳には2つのメカニズムがあるとする。完全なシステム化メカニズムと完全な共感回路である。前者は「もしならば(if-and-then)」パターンの識別に特異な能力につながり、この傾向が強く出ると自閉症につながる可能性が高まるという。同時に人間のif-and-thenを探る能力が、ホモ・サピエンスが地球を支配できた原動力になったとする。技術者と自閉症の関係にも踏み込む。STEM(科学・技術・工学・数学)分野に貢献している人材は、一般人よりも自閉症の子供を授かる可能性が高いとデータに基づき論じる。
社会に利益をもたらすだけではなく、雇用が自閉症者の精神衛生状態を大きく完全させるので、自閉症の人々の支援を整備した雇用枠を拡大すべきだと説く。自閉症者の斬新なアイデアは、周囲のサポートがあってこそイノベーションになりうると強調する。
2022/10/10 11:06
小企業がトランスメーションするためのエッセンスが詰まっている
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著者が実践したAX(アナログトランスメーション)の事例を紹介した書。苦境にあえぐ地方の伝統産業の零細企業が、ビジネスを変革して再生した4つの事例、12の方策、自らの強みを見つけるための方法論で構成する。残念ながら2017年出版とあってDXは登場しないが、小回りが利く小企業がX(トランスメーション)するためのエッセンスが詰まっている。失敗事例についても取り上げていたら、本書の価値はもっと高まっただろう。
著者は、今年のET&IoT Westのパネルディスカッション「ヘトヘトNIPPONからわくわくNIPPONへの挑戦」にパネリストとして登壇したデザイナー。軽妙なトークが持ち味だが、本書にも生かされている。親近感のわく語り口と抽象論に陥らない具体性が本書の特徴である。
筆者は考動(考えて動くこと)と売ること、製造と販売を一体にして自社商品を作って自走することの重要性を説く。「とりあえず」で作ってはいけない。企画が感じられない商品、流通を考えていない商品、生産を考えていない商品は消えていくと断じる。
現代ロシアの軍事戦略
2022/07/19 15:06
ロシアのウクライナ侵略以前に出版された書籍だが陳腐化していない
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ロシアの軍事・安全保障の研究者が、軍事的にも経済的にも「弱いロシア」が体面と大国意識を保つために、どのような軍事戦略を採っているのかを分析した書。ロシアのウクライナ侵略以前(2021年5月)に出版された書籍だが、さほど陳腐化していない。ウクライナ侵略の現状を理解するのに役立つ指摘もあり、読み応えがある。著者の専門家としての眼は確かで、テレビに引っ張りだこになっている理由がよく分かる。ウクライナ侵略の背景を知る上で必読の書だろう。
筆者はロシアの軍事・安全保障戦略の中核を「ハイブリッド戦争」と位置づける。直接軍事力を行使するクラシカルな戦略だけではなく、非軍事的手段を組み合わせる。すなわち、サイバースペースでの攻撃、電磁波を用いた電子機器への攻撃、人の認識を操作し侵略を正当化する情報戦(プロパガンダ)を織り交ぜて、NATOや米国と対峙する訳だ。
一方の欧米(NATO)もハイブリッド戦争を前提に戦略を組み立てる。実際クライナの現状を見ると、クリミア占拠(2014年)とシリアへの軍事介入(2015年)におけるロシアのハイブリッド戦争を参考に、NATOや米国が対応している様子もうかがえる。
戦術核兵器使用に関する分析も注目に値する。いわゆる「エスカレーション抑止」である。限定的な核使用によって敵に「加減された被害」を与え、戦闘の停止を強要したり、域外国の参戦を思いとどまらせるというものである。