英語が出来ないおばさん海外移住アドベンチャー

フィジーに子供二人連れて暮らした日々の本 著書(アマゾンで検索)「英語が出来ないおばさん海外移住アドベンチャー」英語版「The Adventures of a middle-aged Japanese woman」「続・英語が出来ないおばさん海外移住アドベンチャー」出版 現在日本にて、不動産管理会社経営、慶應大学経済学部(通信)在学勉強中 4冊目の本、執筆中

2023年08月

月末である。なんとかなりそうな兆しが出てきた。

これまでも振り返りると、仕事をしていれば、数々の問題が浮かんでは消えを繰り返してきた。
今日はある問題案件の期日であった。
ここのところ、その人と毎日会って話したり、電話で話したりしていた。
気が重いがやるしかない。
代わりにやってくれる人は誰もいない。
ところが、その人とここ三日間連絡が付かなくなったのだ。
電話したらかけなおしてきたのに、かけなおしてこない。
逃げようとしているのか?
逃げる気ならこちらもこれ以上は、弁護士に頼むしかない。
もう三か月もこの件をやっているのだ。
必ず電話をくれと留守番電話に入れたが、かかってこなかった。
いよいよ岐路にたったか。と重い気分で本日の朝を迎えた。
今日も、連絡が付かないのであれば、弁護士に相談に行く手配にもなっていた。
その人は苦労人だったので、なんとか立ち直ってほしいと思っていたが、弁護士が入ってしまったらそんな余地はない。
こちらも弁護士費用を支払うという更なる出費になるし、時間もかかる。
どうするべきか、ギリギリの選択肢の状態だったが、電話に出たのだ。
「どうして三日間も電話に出なかったのですか?でれないのならかけなおしてください。」
というと
「何の進展のある話もできないから」と言った。
「何の進展もなくてもいいから電話は出てください。必ずいい方法は見つけられます。逃げ出したらもうどうにもなりませんよ。こちらも弁護士を頼むだけになってしまい、法的に処分するだけになっちゃうんですよ。」
どうやらわかってくれたようだ。逃げ出すかどうするか、三日間考えていたのかもしれない。

これまでいろんな案件があったが、逃げ出したり、やけを起こして怒りまくったり、そういう感情的なことをすると、ことはうまく運ばなくなる。そして弁護士の方へ回ってしまうと、費用と時間が莫大にかかるのだ。だから常に冷静に対処し続けなければダメなのだ。
カメの歩みで出来ることを進めていく。
そのうちこんがらがったものが、少しずつほどけていくのである。
長距離ランナーの気分で、まだしばらくやっていこう。
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説明のできない行動をする人

誠実に生きていれば、自分の行動には責任をもっていて、その行動は誰でも自分のことは説明できると思っていた。
私は少なくともそのタイプだと今のところは思っているが、そうではない人が結構いるということがわかってきた。
言ってることとやってることが違う人というのは、こういう人だ。
そして自分でも説明が出来ないようだ。
説明できないと言うこともわかっていない場合もある。
いきあたりばったりの考え方なのだ。
その場さえしのげればいいとう生き方。
「人生はなるようになる。」とまるで前向きであるかのような発言をする人もいる。
しかしそうだろうか。
そんな考えでいい方向へ行く人は、本当に相当な運のいい人だけのような気がする。
あの人はついてるとか、うらやんで言う人がいるが、ついているだけではなく、人知れず努力しているのだ。人が見ていないところでも努力し、学び、よりよく生きるための方法を考えている。人が嫌がることや避けて通ろうとすることも、逃げずに自分のやるべきことをやる。
だから実力が付き、人からうらやむような立場にいつのまにやら、なっているのである。
少なくとも、私が知る人はそうである。

しかし自分のやるべきことを超えてやりすぎる必要もない。
この見極めも、実は大切なところなのだ。
なんでも断れずにやっていると、いいように利用しようと考える人も近付いてくる。
そのことにより、自分自身が転落してしまうことがある。
当たり前である。人間は万能ではない。
その見極めも必要なのだ。
残念ながら過信しすぎた人もこれまでの人生の中でみかけた。
すべてバランスが大切で、良いことをしていたとしても、バランスを崩してやっていたら、それは迷惑行為となる。
いくつもの条件や考え方が絡み合っているので、その判断は本当に非常に難しい。
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漢字の意味

夏季スクーリングは午前中に行きつつ、仕事もしている。
今月は問題ありの案件があり、それも片付けなければならないため、少しずつ進めている。
ずっとこの案件のことばかり考えていると、頭が狂いそうになるので、ちょうどいい。
しかもミクロ経済学の考え方に、この案件の事例がはまってきたので、どうやったら解決できるかという道筋が見えてきた。
この状況には驚きである。
勉強し続けているから、脳のシナプスの伝達物質がスムーズに動き出しているのかもしれない。
素晴らしい状況を身をもって知る。
どんなに困難で、意味不明であろうと、取り組んでいるうちに何かが変わってくるということを、自分の身体と現実で知るとは、すごい。
私も一種の天才だろうか?笑
そして昨日は仕事関係の市民セミナー開催の日で、ゴルゴ松本氏の話があった。
この人ってお笑い芸人だったよね。と言う認識しかなかったが、行く必要があったのでいったら、とてもいい話だった。さすがお笑い芸人なので、とても深い話をお笑いにして話してくれたので、わかりやすかった。
漢字を研究すると人生の意味が見えてくるとのこと。
「宿命」として、母を選んで生まれてきて、「命令」としてひとりひとりに生まれてやるべき命令が下されている。それを一生懸命生きてやること。母の上にも母がいて全ての命は繋がっており、自分一人の命ではないということを知ること。
漢字には、口という漢字が付くものが多いが、口から話して人に伝えていくことが大切だということだ。生きて知った知恵を後世に伝えていくことが重要なのだ。
姑という文字も口がある。
古い女がいると書くが、口で伝えていく必要が、後世の人と役に立つのである。
知った知恵は伝えていくのだ。
そして、より良い社会が更に作られていく。
難があるのは嫌である。苦難、難題、だから無難がいいのか?
そうではない。
有難うがいいのである。
なかなか深い話であった。
漢字の意味をもっと知りたくなった。
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