人と人、心と心を結ぶ糸 「塩田千春 つながる私(アイ)」
天井から降り注ぐおびただしい赤い糸。網の目のように縦横にはりめぐらされた白い糸……。近くで見ると、結び目や糸の太さがはっきりと分かるのに、遠くからだと、モヤモヤしてぼんやりとした陰影に包まれているような不思議な空間が広がります。
ベルリン在住のアーティスト塩田千春さんの出身地、大阪で開催している大規模個展「塩田千春 つながる私(アイ)」では、糸を使った大規模な6点のインスタレーションなど個性的な作品を紹介しています。大阪中之島美術館の約1700平方メートルの会場に展示、全作品に使った毛糸は白色が約2500玉、赤色が約500玉。実に壮大なスケールです。展覧会のタイトルには、人々のつながりに「私/I」、「目/EYE」、「愛/ai」を通してアプローチをしようという思いが込められています。
「赤」と「白」に込められた意味
塩田さんの作品では、赤い糸がよく使われていますが、赤にはどんな意味が込められているのでしょうか? 故郷での展示に合わせて作った作品「家から家」も、赤い糸で編んだ大小様々な形の家を配置しています。同展の講演会で塩田さんは「赤は、血液の赤や運命の赤い糸をあらわしています。血液は、家族や宗教、国籍などを象徴していて、それらが混ざり合って様々な家になっていきます。故郷の形も様々で、それを表した作品です」と話していました。
塩田さんはこれまでも赤い糸を使った大型のインスタレーションをいくつも制作しています。多くの人から提供してもらった靴やスーツケース、鍵など、人々が愛用してきたものを、作品のテーマごとにそれぞれ赤い糸で結びつけた作品が知られています。
使いこんだスーツケースには、旅の思い出が宿り、履き古した靴には、人の足跡が刻まれています。持ち主はその場にいないのに、色濃く残る存在感や痕跡。塩田さんは、こうした物や場所に刻み込まれた「記憶」を大切に、糸で紡いで作品にしています。
本展の「巡る記憶」は、白い糸がニューロン(神経細胞)のように空間全体にはりめぐらされ、会場に設けられたプールに糸から滴がしたたり落ちています。天井を覆う白い糸は、蒸気のようにも見え、水が循環していくさまを、人々の記憶が循環していくイメージと重ね合わせて見ることができます。天井の高さは6メートル。「高所作業車に乗り、天井部分から下に向かって糸を編み込んでいった」と、塩田さんは制作過程を語っていました。
天井から垂れた無数の赤い糸とともに、巨大な赤いドレスがつり下げられた作品「インターナルライン」や、くるくる回る白いドレスと赤いロープの作品「多様な現実」も見どころです。塩田さんにとって、ドレスは「第二の皮膚」のような存在だといいます。
1500超のメッセージ、壮大なつながり
壮大な作品「つながる輪」は、「つながる」をテーマに国内外の人たちから募集した1500通以上のメッセージが書かれた紙が赤い糸で結ばれて、永遠につながる円環の形に配置されています。赤い糸は人と人をつなぐ血脈のようにも見えます。コロナ禍を経て、人とのつながりの大切さを考えたいとテーマにしたそうです。
メッセージには、国際交流やサッカーの友達、病床の父、長年連れ添う妻、介護施設で暮らす母、ようやくできた彼女……など、様々なつながりが登場します。塩田さん自身もワークショップで教えた大学生たちとのつながりをメッセージに書いたそうです。作品を見ていると、いろいろな人の人生の一端が立ち上ってきます。
ふと、私も1月にがんで亡くなった87歳の父を思い出しました。末期がんの病床で握った骨張った震える手。命が燃え尽き、父の手が冷たくなった時、父娘を結びつけていた細い糸がぷつんと切れてしまったような気がしました。
でも、その後も日常のふとした瞬間にたくさんの思い出がよみがえってきます。お父さんと歩いた坂道、一緒に食べたお好み焼き、何げない会話、好きだった巨人戦……。あらゆる場所や時間の記憶から糸が再生され、伸びてきます。そうだ、つながりの糸は切れていなかったんだ。そんなことを「つながる輪」を鑑賞しながら思い、胸がしめつけられるような気持ちになりました。
会場で鑑賞していたフランス人のアデル・フレモルさんに感想を聞くと、「作品はとても親密な感じがします」と話していました。
若いころ、バスタブで泥をかぶり続ける自分を撮影してビデオ化した作品や、斜面にある洞窟に入っては転げ落ちるパフォーマンスの作品を制作するなど、体当たりで様々な表現を模索してきた塩田さん。行き詰まって絵が描けなくなった時期もありました。2度のがんの手術を経て、生と死を見つめ直しました。作品は単に美しいだけではありません。ぬぐい落とせない悲しみや孤独、不気味さ、すごみを感じさせるものもあります。
会場で上映されているインタビューでは「編むときの糸が絡まったり、はりつめたり、切れたりというのは自分の感情が鏡になって表れてくる感じです」と話しています。
こんがらかったり、ほどけたり、つないだり、切れたり、結んだり、伸びたり、縮んだり…………。まさに作品の糸は人間関係や人生の起伏を象徴しているようだと思いました。
しおた・ちはる 1972年、大阪府生まれ。ベルリン在住。2008年、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。15年、第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館代表に選出。20年、第61回毎日芸術賞受賞。
- 会場:大阪中之島美術館(大阪市北区)
- 主催:大阪中之島美術館、MBSテレビ、朝日新聞社
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会期:開催中〜12月1日(日)
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開館時間:午前10時~午後5時
※入場は午後4時30分まで -
休館日:月曜、10月15日(火)、11月5日(火)
※10月14日(月・祝)、11月4日(月、休) は開館 - 観覧料:一般2000円(平日1800円)、高大生1500円、中学生以下無料(平日価格は一般のみ)
- 問い合わせ:大阪市総合コールセンター(なにわコール) 06・4301・7285
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図録先行予約販売サイト:https://hpplanning.base.shop/
※3850円(送料別)で予約受け付け中。11月上旬ごろ発送開始予定
■展示作品、会期、展示期間、開館日、入館方法等については、今後の諸事情により変更する場合がありますので、最新情報は公式サイトでご確認ください。
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5年前銀座の書店で塩田千春の作品にはじめて触れた。
今回は大阪中之島だった。エスカレータをあがった瞬間から塩田千春の大型の新しい展示に圧倒された。
魂を感じる。