連載「僕の好きな先生1985~子どもから学んだ新人時代~」(全10回)の記事「『大阪の教育、良い部分つぶされた』 久保元校長が信じる豊かな学び」は、元小学校教員の久保敬さんが自らの教員時代を振り返るインタビュー記事です。

 久保さんは2021年春、現職校長として当時の松井一郎大阪市長らに、市の教育行政への「提言書」を出しました。「子どもが過度な競争にさらされ教師は疲弊している」と指摘した提言書に対して、松井市長は「子どもたちはすごいスピード感で競争する社会の中で生き抜いていかなければならない」と反論しました。

 久保さんは今回のインタビューの中で、「小学校で『生き抜く』ことでよい学級集団など作れません。『生き合う』ことを学び、その子らが大人になり、真っ当な社会ができていくと思います」と話しています。

 教育ジャーナリストのおおたとしまささんは、記事につく「コメントプラス」を通じて、久保さんの主張に賛同しつつ、「子どもたちを競争社会に過剰適応させるな」と訴えます。以下が、おおたさんのコメントです。

    ◇

競争社会に過剰適応させない

 安全が確保された「ゲーム」のなかで行われる競争は楽しいし、それによってお互いを高めあう面もあると思いますが、いま、社会とか経済において<競争>といわれているものは、“単に運がよくて得られた力をもって他人を押しのける正当性”をでっちあげるしくみでしかないと思います。

 社会全体が右肩上がりの状態の中でみんなの安全が守られたうえでの競争は、ベターな立場を得るためのポジション争いにすぎないので、「ゲーム」としてやればいいと思います。でもいまは中間層が消えて格差や分断が大きくなり、<競争>は、生死とまではいかなくても少なくともひととしての尊厳をかけた争いと言っていいほどに過酷になっています。

 それでも「社会は<競争>でできている」と言うのは、かつての右肩上がりの時代の競争と現在の<競争>の区別がついていない時代錯誤、か、実際には運がよかっただけなのに<競争>の結果の当然の対価としていまの自分の社会的立場があるのだという勘違い、ではないでしょうか。

 そんな社会は「おかしい」と思います。「おかしい社会」を変えていくのが大人の役割であり、特に政治家に期待されていることです。「おかしい社会」を前提に、そこに子どもたちを過剰適応させるような教育を行うなど、本末転倒かつ無責任だと私も思います。

 たしかに世の中は<競争>だらけです。だからこそ、<競争>の構造の中においても、勝ち負けにとらわれず、相手にとらわれず、あるがままの自分自身であり続けられるしなやかさを身につけられるように導くのが、子どもに寄り添う親や教員の役割ではないでしょうか。

 そのために必要なのは、最先端の教育プログラムや派手な校舎やスーパーティーチャーではありません。「自分のことをちゃんと見ていてくれるひとがいる」という安心感さえあればいいのだと思います。

 真っすぐな「まなざし」には、ひとを守り、勇気づける力が十分にあります。エビデンスなんてありませんが、これまでの取材経験からも、現在進行中の「無料塾」の取材からも、1人の人間としての経験からも、確信をもって言えることです。

 とはいえその「ちゃんと見る」が、できそうでなかなかできないことですし、そもそも「ちゃんと見る」ってどういうこと?というのが難しいのですが、そのヒントがこの連載には詰まっていたと思います。

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 競争社会という現実が目の前に広がる中で、子どもたちとどう向き合えばいいのか。さらなる問いを深めるため、Re:Ron編集部がおおたさんに話を聞きました。

高学歴も高収入も実力ではなく「出来レース」

 ――今の社会における競争は「“単に運がよくて得られた力をもって他人を押しのける正当性”をでっちあげるしくみでしかない」と書かれています。

 「生まれ」によって、得られる学力が影響される教育格差の問題が指摘されています。学力の結果得られる学歴にも差が生じ、それが労働力としての「値札」の代わりをします。このような構造において行われる競争は、有利な位置からレースを始めた者がそのままぶっちぎる「出来レース」だということです。

 ハーバード大学教授の政治哲学者マイケル・サンデルも著書『実力も運のうち』で同様のことを訴えていますよね。高学歴も高収入も、自分の実力だと思うなよと。

 ――競争があるからこそ成長するという考え方もあるのでは?

 それは<競争>に対する幻想で…

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