先生の言ったことが正解? Re:で問う「わざわざ」意見を言う意味
学校や社会の中で自分の声が大切にされた経験は、ありますか?
新言論サイト「Re:Ron」で、認定NPO法人「カタリバ」職員の古野香織さんが問いかけた内容に、読者からおたよりが届きました。「自分の意見」を模索する声から古野さんに再度聞き、「Re:」として発信します。
オンラインイベント「社会の“あたり前”はみんなで変えられる」、申し込み受付中【8月11日配信】
学校や企業などで始まる「ルールメイキング」。生徒と教員が主体で校則を見直す過程を支援する認定NPO法人「カタリバ」の古野香織さんと、スタートアップ企業などの事業戦略における法制度や政策決定への働きかけにかかわる社会活動家の石山アンジュさんが、ルールメイキングから社会を変えるアクションについて語ります。朝日新聞デジタルで始まった新言論サイト「Re:Ron(リロン)」のオンラインイベント第2弾です。
10代の大学生は、自身の経験を寄せてくれました。
「高校や大学の受験の際には、自分の考えが先生方におおむね理解していただけたと感じている」
ただ、疑問も感じていたそうです。
「授業において先生の言ったことは正解とされ、生徒らは自分の頭で考えたりせずそういうものとして覚えるのが多い印象でした。私は、こういったことと投票率の低さとの関連も否定できないと考えています」
【Re:】私も関連すると思います。
大学生と話していると、自分の判断に自信が持てないから投票に行ったことがないという声を驚くほどよく聞き、悲しくなります。それには何かに特定の正解があるという考え方が影響していて、学校生活や教育で少しずつその認識が固まってしまうと思います。
私は昨年度、ある高校で1年間、非常勤講師として公民の授業で教壇に立ちました。その時、答えが一つでない、正解のない意見を生徒から引きだそうと意識していました。
「意見が分かれた」がいい
「教育格差」(著 松岡亮二、ちくま新書)の内容を例に、平等性が重視されて同じ内容で学ぶ学校と、個別の能力に合わせて効率的に授業を受けられるが格差の広がりやすい学校のどちらがいいか、生徒に問いました。
これは大きい政府か小さい政府かという議論に近いですが、社会がどうなるといいと思うかは人それぞれで、正解がないですよね。生徒の意見は半々に分かれ、それぞれの理由も考えさせられました。
正解を出すだけなら、チャッ…