江畠俊彦
ソニー(当時、以下同)元社長の平井一夫さんは計3社で経営トップを歴任した。ゲーム事業の日米2社と、電機が軸のソニー。3度とも後継に指名されると、驚き、悩んだ。それでも引き受けると決めたのは、「ある言葉」に込められたメッセージに気づいたからだった。そして、いずれも苦境にあった会社の業績を引き上げた。
ソニー傘下の音楽会社CBS・ソニーで米ニューヨーク赴任中の1995年、丸山茂雄副社長に頼まれて米国のプレイステーション(PS)事業を手伝う。ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が前年、日本で発売したゲーム機だ。だがSCEの米国子会社は混乱。同社の会長を兼務した丸山さんが日米を毎週往復し、立て直しを図る。半年ほど支えた。
社長以外の新体制にめどが立ち、丸山さんに告げられる。「お前に任せた」。心底驚いた。35歳、経験は係長まで。部下は5、6人。それが社員200~300人の会社の責任者に。なぜ私なのか? やり遂げられるのか? 96年、実質的に社長と同じ最高執行責任者に就く。
手探りだったが、社員との対話から始める。1、2カ月すると「任せた」に込められたメッセージに気づく。
トップの人選はソニーやSCE…