Netflixドラマ『エリック』──ベネディクト・カンバーバッチの“狂気の演技”が光る

Netflixの新ドラマ『エリック』の配信が始まった。主役のベネディクト・カンバーバッチの演技のほか、サイドプロットとなる刑事の物語も魅力的で、次の大ヒット作になりそうだ。英版『GQ』のレビュー。
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Netflixの加入者数は全世界で2億7000万人弱いる。これは米国の総人口にあと約6000万人と迫る数で、Netflixの大ヒットドラマが話題になるのも当然だ。最近大きく話題になった作品に『私のトナカイちゃん』があるが、その次に登場してきたのが『エリック』だ。

『エリック』は『私のトナカイちゃん』と同様に非常に優れた作品であり、ベネディクト・カンバーバッチがいかに素晴らしい役者であるかを再確認させてくれる。

カンバーバッチのハマり役

カンバーバッチは、主役としてハマり役が多い。マーベル映画でもそうだ。ヒゲをたくわえた奇妙な魔術師、ドクター・ストレンジ役はピッタリだった。

『エリック』は、芸術的な独立系映画に近い印象の作品だ。主役のヴィンセントは、ジェーン・カンピオン監督の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のフィルのように複雑な表現が必要とされる役柄で、カンバーバッチの演技力の高さが引き立つ。システム的な人種差別、社会の同性愛嫌悪、さまざま偏見、都市部のホームレス問題など、テーマがぎっしり詰まっている。

舞台は80年代のニューヨーク。初期のマーティン・スコセッシ作品や、ティム・バートンが描くゴッサム・シティを彷彿とさせる、すすっぽく汚れたような風景が映し出される。

©Netflix

失踪した息子、妄想に取り憑かれる父親

カンバーバッチが演じるのは、人形使いのヴィンセントだ。彼は『セサミストリート』そっくりの朝番組『おはよう お日さま』を制作している。この劇中劇は、『エリック』の色あせた世界観のなかに色彩を提供してくれる。この番組は70年代に一大ブームを巻き起こしたが、いまでは人気が下火になっていて、他の子ども向け番組に予算を奪われそうになっている。

ヴィンセントは、愛情をかけて育てた番組を再びトップに返り咲かせるために奮闘している。彼は、芸術的表現を周囲の世界と繋がるための唯一の手段としている、悩める魂の持ち主だ。彼の性格は仕事と家庭に悪影響を及ぼし、息子のエドガー(アイヴァン・モリス・ハウ)と妻のキャシー(ギャビー・ホフマン)との関係は行き詰まっている。

Ludovic Robert ©Netflix

ヴィンセントとキャシーの口論があまりにも激しかった翌日、エドガーはひとりで学校に向かうことにする。ところが、エドガーは学校に現れなかった。街をあげた捜索が始まるなか、ヴィンセントは息子の失踪に対する罪悪感や悲しみと闘ううちに、狂気に陥っていく。

喪失感への対処法なのか、あるいは自分を責める方法なのか、ヴィンセントはエドガーが失踪前に描いた人形、エリックの幻覚を見るようになる。エリックは『モンスターズ・インク』のサリーのような風貌で、荒々しいなまりがある。

多くの点で『エリック』は贖罪の物語だ。ヴィンセントは、自分自身が生み出した“悪魔”と対峙しなければならない。これは、物理的と比喩的、両方の意味で息子から遠ざかってしまったヴィンセントが、その距離を縮めるための物語である。『シャーロック』からもわかるように、カンバーバッチは、自分自身に追い詰められるキャラクターを演じるのが得意である。『エリック』は、彼がこの分野で最高の俳優のひとりであることを証明する作品かもしれない。少なくともホアキン・フェニックス級の演技である。

©️Netflix

もうひとつの物語にも注目

『エリック』のもうひとつの重要なストーリーラインとして、マイケル・ルドロイトの物語がある。エドガーの事件を担当するのは、黒人で、ゲイであることをオープンにしていない刑事、マイケル(マッキンリー・ベルチャー三世)だ。このストーリーラインも、メインとなる物語展開と同じくらい、丁寧かつ詳細に描かれている。こういった魅力的なシーンが仕込まれていることで、『エリック』はNetflixのトップTVリストに立ち続けるかもしれない。

配信サービスの視聴者が好む特定のジャンルがあるとすれば、それは犯罪ミステリーかもしれない。だから『私のトナカイちゃん』もヒットした。Netflixは低予算の実録犯罪ドキュメンタリーを、いくつも制作している。微妙なもの、まあまあなもの、倫理的に疑問符がつくかもしれないものまで様々だが、それでもかなり視聴されている。

『エリック』には、知的でテーマ性に富んだシーンが多く、次の大ヒット作となることが期待されている。そして幸運なことに、これは非常に優れた作品なのだ。

『エリック』はNetflixで5月30日から配信中。

From British GQ

By Jack King
Translated and Adapted by Rikako Takahashi


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