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世界文学全集に引き続き、作家・詩人の池澤夏樹が“世界文学の中の日本文学”と位置付け、時代の変革期である今こそ読みたい作品を独自の視点で、古典から現代まで全30巻にわたって厳選しました。
『古事記』(池澤夏樹訳)、『源氏物語』(角田光代訳)から『たけくらべ』(川上未映子訳)まで、不朽の古典作品を第一線の現代作家による新訳で甦らせます。古典新訳を収録する約50年ぶりの日本文学全集となります。
「『日本人とは何か?』『私は誰か?』を問う素材としての文学」という視点から作品を選び抜き、各作家の巻に加えて、民俗学と文学をテーマにした「南方熊楠・柳田國男・折口信夫・宮本常一」、日本語の多様性を提示する「日本語のために」など斬新な巻立てが特徴です。また作家の巻は、小説だけでなく、エッセイ、評論も収録した魅力的な作品構成です。
各巻、全作品の解説を池澤夏樹が執筆します。古典には専門家による作品解題、近現代には年譜を付け、各巻月報には作家、評論家などの書き下ろしエッセイを掲載します。
1段組みを基本とし、文字の大きさや書体に工夫をこらしました。また、従来の日本文学全集より多くふり仮名を入れ、読みやすさを追求しました。
カバーは6色の色展開で、帯は各巻にふさわしいイラストや写真で装いました。
この島々で一千三百年前から書かれてきた文芸作品の数は知りようもない。その中からよきものを選んで三十巻にまとめる。
むずかしい古典は現代語に訳し、近現代の作となめらかにつながるようにする。
この仕事を終えてぼくは日本人の性格の要点を知ったという気がしている――
一 自然すなわち神々への畏怖の念、
二 常に恋を優先するという生きかた、
三 弱き者に心を寄せる姿勢。
今、ぼくたちはこういう日本人ではなくなってしまったかもしれない。
ならばそこへ戻ることを考えてみよう。
近代の作家・詩人の苦闘もみなそこへ帰りたいという思いを含んでいたのではないか。
回帰と再出発、その起点がここにある。
池澤夏樹
はるかな昔、大陸の東・大洋の西に連なる島々に周囲各地から人が渡ってきた。彼らは混じり合い、やがて日本語という一つの言葉を用いて生活を営むようになった。
この言葉で神々に祈り、互いに考えを述べ、思いを語り、感情を伝えた。詩が生まれ、物語が紡がれ、文字を得て紙に書かれて残るようになった。
その堆積が日本文学である。
特徴の第一はまず歴史が長いこと。千三百年に亘って一つの言語によって途切れることなく書き継がれた文学は他に少ない。
第二は恋を主題とするものが多いこと。われわれは文章によって人間いかに生くべきかを説く一方で、何よりもまず恋を語ろうとした。
第三は異文化を受け入れて我がものとしてきたこと。ある時期までは中国文明の、ある時期から後は西欧の文明によって文学を更新した。
今の日本はまちがいなく変革期である。島国であることは国民国家形成に有利に働いたが、世界ぜんたいで国民国家というシステムは衰退している。その時期に日本人とは何者であるかを問うのは意義のあることだろう。
その手がかりが文学。なぜならばわれわれは哲学よりも科学よりも神学よりも、文学に長けた民であったから。
しかしこれはお勉強ではない。
権威ある文学の殿堂に参拝するのではなく、友人として恋人として隣人としての過去の人たちに会いに行く。
書かれた時の同時代の読者と同じ位置で読むために古典は現代の文章に訳す。当代の詩人・作家の手によってわれわれの普段の言葉づかいに移したものを用意する。
その一方で明治以降の文学の激浪に身を投じる。厳選した作品に共感し、反発し、興奮する。
私は誰か? 日本文学はそれを知る素材である。
この全集は半分近く、近代(漱石に始まる)より前の日本文学を、翻訳でおさめている。最初の翻訳者は『古事記』の面白さを生かす最良の人、池澤夏樹さんで、『源氏物語』はじめ、実力派の小説家たちが力をそそいでいる。近代以降の文学も、多様に選ばれていて、その後を、先の翻訳者たちが継いでゆくこともはっきりわかる。
読者は、翻訳の面白さを楽しみ、自然に日本語の文学の全体と向かいあう。
あるとき私は知った。百人一首にある「あひみての のちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり」の意味はつまり、「一度セックスしちゃったら、それ以前の恋する思いなんて、なんにも考えていなかったのと同じだわ」ということだと。なんだ、今の時代の恋心とちっとも変わらないんだ。そのことに気づいた瞬間、千年を隔てた平安時代がたちまち身近になり、頭の中で十二単を着ているお姫様がいきいきと動き出した。
このたび刊行される日本文学全集は、そういう感動をどれほど味わわせてくれるだろう。楽しみである。
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新訳にあたって 角田光代
とりかかる前は、この壮大な物語に、私ごときが触れてもいいのだろうかと思っていた。実際にとりくみはじめて、私ごときが何をしてもまるで動じないだろう強靱な物語だと知った。(photo:KIKUKO USUYAMA)