二年間続けた日本SF作家クラブ会長の任期を終えた池澤春菜さんによる入魂の一冊
宇垣さん:(紹介いただくのが)いつも一冊じゃないんだよ〜
池澤さん:イッサツダヨダイジョウブダヨ
いっさつ……だよ……
— 池澤春菜 (@haluna7) 2022年11月22日
#utamaru pic.twitter.com/GFgYjqisst
入魂の一冊
974階建て。超々高層タワー国家を舞台にした、ユーモアとペーソスの摩天楼エンタメ。韓国文学の代名詞とも呼ばれる作家の連作小説。十数年振りに加筆修正で復活!
ペ・ミョンフン著/斎藤 真理子訳『タワー』
宇垣さん:シンプルに(読みがの技術が)上手すぎてもう……笑
池澤さん:怖い感じに読んじゃったけど怖くない、楽しい一冊なんです
宇垣さんによる概要紹介
674階建て。巨大タワー国家。
地上からの脅威が迫り、下層階を軍隊が、上層階を富裕層が締める「ビーンスターク」の人々は、不完全で優しい。
犬の俳優Pの謎、愛国の低所恐怖症、デモ隊VSインド象、大陸間弾道ミサイル、テロリストの葛藤など。
韓国SFの金字塔にして、笑いと涙の摩天楼エンタテインメント。
宇多丸さん:作者の斎藤真理子さんはいつも翻訳文学特集でお世話になってます。
これ僕持っていたのに今日までに読んでなかった……
池澤さん:と言うことは帰ったらすぐ読めますね!
宇垣さん:私も積んでます
宇多丸さん:何故この本に目を付けたんですか?
池澤さん:韓国SFは注目されているし、面白いし、その中でも見た目のインパクトが凄い。装丁を観た時点で「これは当たりだろう!」と。読んでみたらまさしく当たりでした。
宇多丸さん:『スノーピアサー』のように限定空間内でのSFというジャンルはある。そんなイメージですか?
池澤さん:そうですね。
674階の建物の中に50万人が暮らしている。
1フロアも凄く大きい。フロア毎にヒエラルキーがあり、この世界の住人は低所恐怖症なんです。
宇多丸さん:下に行くと良くない暮らしが待っているから
池澤さん:低いところに行けば行くほど気分が悪くなる。外に一歩も出ず、その中で生まれ、死んでいく。
故に距離や高さの概念が私達とは違う。私たちは実は二次元の(平面的な)世界に暮らしている。
飛行機などで一時的に上に上がるところに挙がることはあっても、基本的には横移動。
しかしこのビーンスタークでは縦の移動が基本。
エレベーターが主な交通手段。
下から一番上まで一度に上がることが出来ないため、私達が電車を乗り継ぐようにエレベーターを乗り継いで移動する。
私たちの世界では様々な交通手段があるが、この世界ではエレベーター以外に移動手段がない。
では下から敵が攻めてきたらどのように軍隊を動かし展開していけば良いのか。
また、下の階にミサイルを撃ち込まれたらポキッと折れておしまい。
「高さ」の概念が加わることで私たちの世界が変わる。
本作は連作。
「権力が如何に移動していくのか」という実験を行う話もある。
トロフィーのように飾るだけの高いお酒にタグを付けて追跡すると、そのお酒がどのようなルートを辿って移動していくかが分かる。
しかし、一箇所どうしてもその追跡が止まる場所がある。
その部屋には映画俳優Pが住んでいる。
そのPは犬。犬であるが故にそこから高級なお酒は移動しない。
映画俳優Pは「こくみん」と鳴くことができるため、タワーの中ではカリスマ的な人気。
宇多丸さん:犬が俳優していたり、そういう不思議な世界観でもあるんだ。
池澤さん:心温まる話もある。
他にはタクラマカン砂漠に墜落した恋人を探すために世界中の人達が衛星写真を一ドットずつ見ていくという、インターネットの良いところを描く作品など。
ビースタークの中には青いポストがあり、そこに手紙を入れる階に行く人行く人がそれを運んでくれる。
「これうちの近くだから持って行ってあげよう」という善意に根ざした配達システムがあったが、そこに間違って届いてしまった、タワーの外にいる恋人から中野恋人への手紙。
間違ってしまったが故に外の恋人空の手紙は中の恋人に届かない。
外の恋人はそれに絶望し、「傭兵として手柄を挙げればタワーの住民になれるかも知れない」と傭兵に志願する。
間違って届けられた手紙を持ってしまっている人は、自分の行動が恋人二人の運命を変えてしまうことに気付き、善意の連鎖が起こっていって……
という作品。TwitterなどのSNSがまだ一般的ではなかった2000年代初頭に書かれた作品。
SNSは良いエネルギーも悪いエネルギーも加速させる力があると思っていて、良い意味での加速の美しい形を描いている。
宇多丸さん:タワー型国家と聞いてディストピアを想像したけどそう言うわけじゃ無いんですね
池澤さん:そうですね。
デモ隊を鎮圧させるためにゾウを雇う。「騎馬隊よりもインパクトがあるだろう」というアイディアから。
さかしゾウは花の臭いを嗅ぎながらのんびりと歩くものだから、デモ隊は「ゾウの邪魔をしちゃいけないよね。お花を植えてあげよう」となる。
ゾウはある瞬間悟りを開いて解脱しそうになる、という不思議な話もある
宇垣さん:ホッコリ系の話もあるんですね
池澤さん:強い感情の動きはないが、名付けがたいような感情の動きがある。
寒い冬、暖房を焚くお金もないが隣の部屋から伝わってくる暖かさを「これが愛だよね」と捉えることから始まる男女の擦れ違いなど、名付けられない思いを拾い上げるのが凄く上手い。
主人公も違うし、書き方や狙いとしているものが違うからんどんどん読めてしまう。
推しの一節
ワン!ワンワン!
宇多丸さん:さっきの俳優犬?
宇垣さん:ビックリしちゃった
池澤さん:ハハハハ
宇多丸さん:ここだけ聞いた人はね。大分会長職がお疲れだったのかと
池澤さん:付録として3編ついている。
作中登場する作家の書いた短編、「520階研究」の序文。一番好きなのは「内面表出演技にかけた俳優Pのイカれたインタビュー」というもの。
これが「あるわこういうインタビュー」という感じ。
「今回賞を受賞したが?」
「はい。特別な賞だった。人間異界の俳優に与えられた初の賞だった」
とか、全て頭の中でボイスオーバー口調で再現されると言うくらい良い感じ。
「あの決め台詞をいったことで自分の俳優人生は決定付けられた」
「そのセリフは何ですか?」
「ワン!ワンワン!」
「実際には何と言ったんですか?」
「ワンワン!」
宇多丸さん:ふざけてる〜
池澤さん:「本犬としては気に入っている」とか
宇多丸さん:結構犬インタビューしっかりボリュームあるんですね!
池澤さん:この後の「タワー概念用語辞典」というのも素晴らしい。
「バカ:現代の都会人の間で合意を見ている、最小限の邪悪さを習得していないため、他人がまったく予想できない状況で人の道を貫こうとして社会を混乱に陥れる人」
表紙のポップな印象そのままの中身なんですね。
我々の自宅のタワーにはあるので、読んでみます
池澤さん:紹介するのはサラ・ピンスカーの『いずれすべては海の中に』と迷った。
今年のベストは『いずれすべては海の中に』。これも短編集で凄まじく良かった。
今年じゃなくて人生のベストテンくらいに入るんじゃ無いのかレベル。
あらゆる文章、あらゆる思想が心地よい。
奇想を元にした作品で、コンピュータ制御の義手がハイウェイに繋がってしまう話など。
ほかには全世界のサラ・ピンスカーを集めて「サラ・コン」が開催される話など
宇垣さん:サラ・ピンスカーってそんなに一杯いるんですか?
池澤さん:全平行宇宙のサラです。
サラによるサラの殺人事件が起きて、それをサラが探偵として捜査する物語。
凄く美しく凄く染みる。
SFとは人間を描く物。『タワー』もそうだが、どんなに奇想や奇抜な世界を用意しても、そこで描きたいのは人間なのだと気付く。
宇多丸さん:結局二作紹介して貰っちゃって……
こう言う手があったか笑
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